2006年05月12日

ヒストリー・オブ・バイオレンス

ヒストリー・オブ・バイオレンス
 
最近、映画館に見に行ったので、忘れないうちに書きます。

ストーリー

インディアナ州の小さな町の田舎町、トム・ストールは妻エディ(弁護士)、それに2人の子供たちと幸せに暮らしていた。トムは小さな食堂を経営しており、夫婦仲も良好。(上の子が高校生くらいであることを考えると、ありえないくらいラブラブなのだ)。 慎ましやかながらも順風満帆。

けれども、ある夜、トムの食堂が二人組の強盗に襲われることから世界が崩れ始める。閉店を告げるトムを無視し、注文をする強盗。銃を取り出し、出入り口のドアを塞いでしまう。トムがレジを開き、有り金を渡して出て行ってもらおうと交渉するが、埒があかない。ついに強盗は客の頭に銃を突きつける。臨界点を越えつつある危険にトムは隙をついて銃を奪い取り、無駄の無い動きで二人の息の根を止める。店員、店の客を救う「有り得ないくらい完璧な」正当防衛だった。

テレビカメラが押し寄せ、新聞の一面を飾る。トムは一夜にして有名になった。居心地の悪さを感じるトムだったが、家族は彼のとった行動を誇りに思っていた。そして、またいつも通りの家族の静かな生活に戻るはずだった。

 数日後、ニュースの影響で大盛況の店に、違和感のある男フォガティとその手下がやってくる。まるで古い友人のように彼はトムのことをジョーイと呼んだ。トムは人違いであると答えるが、フォガティは掛けていたサングラスを外し、えぐれた片目を見せ付けて笑ったあと、店から出ていく。

その日からフォガティのかげがストール家に付きまとう。





監督はデヴィット・クローネンバーグ。作品としては「ザ・フライ」が有名です。その他の作品としては「ヴィデオ・ドローム」「戦慄の絆」「裸のランチ」「イグジステンス」等。人間がそれ以外の何か(機械、えたいの知れないもの)に変わってしまう映画を撮り続けているちょっぴり変態さん。本作では暴力と暴力の残す影響により、世界(一つの家庭)が一転する様を描いています。

 テーマ性ゆえ彼の作品は突飛な世界で描かれることが多いのですが、ヒストリー・オブ・バイオレンスはアメリカの田舎町を舞台にしている為、突き抜けた展開はありません。

 しかし、暴力シーンのリアルさ(そばで人が殺されたかのような嫌ぁ〜な気分にさせてくれる)は十分にクローネンバーグ印なので、ファンの方にもお薦めです。クローネンバーグの映画にはいつも生々しい生や死が描かれますが、彼の経歴を見てすこし納得。大学は生化学専攻でした。若い頃から好きだったのね。

主人公、トムをヴィゴ・モーテンセン。有名な作品でいえば「ロード・オブ・ザ・リング」のアラルゴン。しかし、下積み時代の「悪魔のいけにえ3」をフィルモグラフィーから消したとの噂が・・・。誰にも消したい過去がある。寡黙な男を背中で演じる力量はそうやって育まれたのかもしれません。作中の彼の無表情はかなりの説得力です。

妻、エディにマリア・ベロ。自然と映画に溶け込んでしまうけれど、しっかり存在感をみせる実力派女優さんです。要塞警察のリメイク、「アサルト13」での神経質な精神医役も良い演技でした。

忍び寄る男、フォガティにエド・ハリス。この映画で一押しのキャラです。自分の目をえぐった男にじわしわと圧力をかけていく不気味な迫力に積年の恨みを感じます。『相手はすでに社会的地位を得て、逃げることができない。熱くなることはない。ゆっくりと、この瞬間を楽しもう。』といった感じの彼の演技はベスト・オブ・悪人です。
posted by ねこめ〜わく at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

柳生七番勝負

「柳生七番勝負」が面白過ぎる件。
http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/

今回は映画の話ではありません。NHKで放送中の「柳生七番勝負」があまりに素敵なので紹介いたします。

原作は津本陽さんの「柳生十兵衛七番勝負」です。
ドラマ版は前作もあって、それはDVDになっています。
今回の放送は好評につき続編ってことでしょう。嬉しい限りです。

演技力が微妙で、背景に浮いてしまうアイドル等は一切出てこず、眼力で演技できてしまうような、渋いおっさんどもが火花を散らします。話の骨組みと演技力だけで見せる。まさに昔の時代劇ファンの為に作られたような作品なのです。(オヤジスキーな婦女子にも人気があるかもしれません。)

幕府の安泰の為ならあらゆる非道もよしとする父、宗矩を夏八木勲。苦虫を噛み潰したような表情が「悪者かくあれり」です。己が為でなく、理念の為であるところが、たちが悪い。・・・カッコイイ。

幕府の権威失墜を狙う朝廷側の公家、業平を杉本哲太。真っ直ぐで熱血な高校教師役がイメージが強い彼ですが、この作品では突き抜けた(エキセントリック?な)演技で存在感を発揮します。ざらつく関西弁と甲高い「ホホホ」笑いが耳から離れません。

朝廷の陰謀に加担する、けれど小物な老中に布施明。僕はこの人を「シクラメンの花」で有名な歌手さんとばかり思っていましたが、数年前に人の内面を表現するのがとっても上手な俳優さんであることを知りました。映画「ラジオの時間」を観たのですが、そこでの信念無きプロデューサー役はまさにハマリ役。他に該当者見当たらずといった感じでした。「ラジオの時間」もお薦めの映画です。

毎度、毎度の切られ役(古畑任三郎でいう犯人)は能力があるが故に、周りから慕われ、頼られて、ついには、しがらみに捉われてしまった善人です。良い奴らばっかりなんだ。。
「なんでだよ!おまいは十分頑張ったよ。楽になっても誰も責めない。だから、自分のことも考えろよぉ!!」

その善人を任務の為に私情を切り捨てて、切らねばならない十兵衛に村上弘明。うずまく父への疑念。苦悩する表情、切ると決めた時の鬼の顔、格好良過ぎ。

対照的にライバル、荒木又右衛門役の高嶋政宏は常に腹に一物ある表情を崩しません。的(男)に忍び寄り、甘言を囁き、人生を狂わせる様から、僕にはどうも「同性を狙っている悪男」見えるのですが。


是非是非、お薦め。

posted by ねこめ〜わく at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

スクール・オブ・ロック 後編

スクール・オブ・ロック 後編

ストーリー
ロックをこよなく愛するデューイは、ステージでの破天荒ぶりが過ぎて自ら結成したバンドを首になってしまう。さらにルームメイトのネッドからは滞納していた家賃を催促され、途方に暮れていた。いよいよ愛用のギターを売ろうというとき、一本の電話が入る。それは有名私立小学校からのもので、「ネッドを代用教師として雇いたい」という内容だった。仕事が必要なデューイはネッドになりすまし、エリート小学校の教員になる。はじめは教える気なんてさらさら無かったデューイだが、子供たちの音楽の才能を発見し、あるプロジェクトを思いつく、かくして「熱血ロックの授業」が始まった。




デューイ・フィン扮するジャック・ブラックはミュージシャンであると同時にたくさんの映画で「存在感」を発揮している俳優で、最近の出演と言えば、「キング・コング」の映画監督です。他にも「ハイ・フェディリティ」「愛しのローズマリー」「オレンジ・カウンティ」などに出演しております。(何気に映画選びが上手い。)
見たこと無い人にイメージしてもらうとすれば、落ち着きを取り払った、白ポチャの松崎しげる、といった感じです。「暑さ」、というか「濃さ」は十分に理解して頂けると思います。



その彼が「教師として教える」というより、「子供として他の子の魅力を引き出す」のが本作品の魅力です。ロックを語る(教える)ジャック・ブラックは水を得た魚のようで、自身と子供、どちらが楽しんでいるのか分かりません。ちゃっかり自分の見せ場を作ろうとする「子供っぽい」ところもあります。でも、そこがいいんです。子供目線で子供を引っ張るところが、すごく面白い。なにより、引き込まれるようにクラスが一体となり、子供たちが生き生きとしていく様はなにものにも代えがたいカタルシスです。
posted by ねこめ〜わく at 21:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

スクール・オブ・ロック  前編

「孫」は良く出来た歌である。皆さん!大泉逸郎に学ぶべきでぃすよ。

仕事の話。
手違いがあり、仕入先から間違った商品が届いてしまった。お客様に謝った上で、その日のうちに該当する商品を引き渡すことになったのだが、お客様の怒りは収まらない。とってもデンジャラスらしい。取り急ぎ、商品を持って「社長宅に来い!」と、いうことになっていた。




















僕の知らないうちに。













 愚痴らせて頂くとでぃすね、僕はこの件に関わっていない訳でぃすよ。担当でもない。そして僕がとっても役に立つ人間だとか、クレーム処理のエキスパートだとか、あるいは担当部門の上役だとか、万人を納得させる理由、いや、十人中五人を納得させる理由でも構わない、が、全然、無いのです。理由を求めるなら、うーん、えーっと

―――たまたま、そこにいた。



・・・災害だってみんなそうさ。そう、悲しみは、突然だもの
























あぁ、今なら、お客様コールセンターの派遣社員の気持ちが分かる。









穏やかならぬ心境で社長宅まで向かい、「えいや」とインターホンを押すとですね。













返事がありません。















頭に浮かぶ選択肢。
1、 商品と書置きを残し、逃げる。(きっと自由に空も飛べるはず。)
2、 お客様の会社に連絡し、対応を考える。(そんな私のアズユーライク)
3、 とりあえず、数分待ってみる。(全く!現代人は時間に細かすぎる!)

1番の対応は後々お客様の気持ちをくすぶらせることになりかねない、かも。2番が無難かなぁ?あ、でも、ちょっと煙草買いに行っただけかもしれない。本人が来るように促したってこともある。手間を取らせるし、それは最後の策にして、ひとまず、ものぐさな3番。

呼びかけてみたり、インターホン押してみたりして、少し待っているとですね。出てきました!












小さな子が、三輪車に乗って



正直、大きな鬼瓦がドン!を予期していたので、かなり気が抜けました。




変なもの見つけたかのように近づいてくるので、こちらも犬猫と戯れるように遊びました。はい。ぶぅーん、ぶぅーん。





十分くらい経ち、社長様らしき人ご帰還。推定年齢、六十後半、なるほど、怒ったら怖そうです。それに『こいつ誰?』って表情を浮かべています。





謝りの口上を述べ、商品を届けにきた旨を説明しました。表情は硬かったものの、「お子さま、利発ですね」真実を述べたところから一転、えびす顔です。人の顔って随分アクロバティックな変化をするものですね。






その後、少しの間、庭を暴走する黄色い三輪車を追い掛け回すと、円満解決となりました。ぶぅーん、ぶぅーん。











そんでもって、映画の話。
昔から子は鎹(かすがい)と申します。しかし、(助けられてなんですが)子供が絶えず自身を『鎹』と自覚しなくちゃならない状況ってやつぁ、理想的と呼べない気がします。映画で観るなら奔放に振舞う子供が見たい!そこで紹介したいのが「スクール・オブ・ロック」(DVDあり)です。

ここで時間となりましたぁ。書くのに手間取ったので残りはまた今度。
posted by ねこめ〜わく at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

どつかれてアンダルシア(仮) 

字幕と吹き替えの話。

映画を観ていると、字数の関係で長い台詞が一言で済まされたり、クセのある悪態が「くそったれ!」としか表記されなかったり、実際はどう喋っているのか?気になることがあります。

試しに「パルプ・フィクション」のスクリーン・プレイ(英語勉強用の教材)を買ってみたのですが、出るわ出るわ。使っちゃ駄目な単語の山。

まぁ、ダントツでfuckの派生語が多いですが、Poop-butt(poopはうんち、buttはお尻で「間抜け」、「役立たず」の意)やdickless piece of shit(カマ野郎) 等、下ネタは向こうでも通用するようです。また、南北戦争の頃からの南は粗野ってイメージは健在らしく、hillbilly looking(ド田舎風)なんて言葉を見つけました。うーん、面白い。

と、楽しんで調べた訳ですが、たとえ海外旅行しようとも使う機会はなさそうです。本当にありがとうございました。


このように「そのまんま映画を観られたら楽しいだろうなぁ!」とたまに考えますが、ものによっては日本語版の方が面白いなんてこともあります。

それは吹き替え版です。例えばドラマの実写版「バットマン」はどこを切っても緊張感の無い、ゆる〜い作品ですが、声優さんの飽くなきサービス精神により生み出された(脚本には無いだろう)言葉の数々。物語に新しい魅力を吹き込み、傑作と呼ぶに相応しい出来栄えに仕上がっています。

・・・ただ如何せんそれが本編の魅力か?と問われると痛い。無理やり面白さをねじ込んだ感は否めない訳ですよ。

そこで今回、紹介したい映画が「どつかれてアンダルシア(仮)」(DVDあり)です。漫才をモチーフにした映画なので、作品そのものの魅力の上に、声優さんの演技力が無理なく加わってもはや無敵。ベスト・オブ・吹き替え映画です。

―――以下、パッケージのあらすじを引用―――
日本古来の伝統と思われていた「どつき漫才」。しかし、大胆にもそれを武器にショービジネス界をのし上がっていく二人の男がいた。舞台は73年のスペイン。コンビ名は「ニノ&ブルーノ」。やせのブルーノがでぶのニノをどつくというスタイルで、場末のストリップ劇場から、瞬く間に国民的な人気を誇るまでになった二人だったが、実際は殺してしまいたいほど憎しみあっていた。そして悲劇は、久々のコンビ復活ライブの晩に起こる。
―――引用終了―――

「そりゃ無いでしょ?」ってくらいエゲツない応酬が繰り返されますが、不思議なくらい後味はスッキリです。ヒューマンドラマを観た後みたい。笑って泣ける良い映画なので、どうか御照覧あれ。

(仮)が胡散臭いですが、それも特典映像を見れば試行錯誤の末のネーミングだと実感できます。
posted by ねこめ〜わく at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

ロレンツォのオイル

就寝前の歯磨きタイム、手持ち無沙汰でテレビをつける、と、ちょうど映画の始まりです。
「ほんの五分」で打ち切るはずが、グイグイ映画に引き込まれ、とうとう最後まで観てしまいました。


「ロレンツォのオイル」 DVDあり
病名、副腎白質ジストロフィ。痴呆、歩行障害、痙攣、失明、失語などの症状を経て、発症から(その時点では)長くとも2年で死に至る難病で、当時は治療の糸口さえ見つかっていない状態でした。

物語は主人公である夫婦の息子ロレンツォが、この病と宣告されるところから始まります。夫婦は医師に食い下がり、なんとか治療法を聞きだそうとしますが、効果の確認さえおぼつかない食事療法を聞き出すのがやっと。

その後、医師の指導どおり食事療法を続けますが、改善の様子は見られず、むしろ病状は悪化するばかり。とうとう夫婦はある決断をします。我が子を救うため、ずぶの素人ながら自ら医学論文を読み、猛烈に勉強し始めたのです。以上、あらすじ。

途方も無い話に聞こえますが、これ、事実に基づくそうです。

闘病ものの作品ですが、息子を救おうとする両親の行動には悲壮感というより、鬼気迫るものを感じました。真摯で、誠実で、決して折れることがない。ふと、横田夫妻のことが頭に浮かびました。我が子を救い出す為に自身が行えることは、すべて取り組む。すごく深く強い想い。にもかかわらず、表にでる表情は冷静で態度も紳士的です。静かな決意が世界を動かしていくところも本作品と被ります。

演出も医師を単にワルモノ扱いせず、煽ったりしないので好感が持てます。至極当然なことですが、立場ごとに考え方やモラルは異なります。それ故の意見の隔たり、問題解決への阻害要因もあることでしょう。しかし、それを無かったことにすれば甘〜い絵空事になってしまう。この作品では主人公である夫婦の他にも、医師、家族の会、雇われの介護士等いろいろな視点が示されていて、そのことが作品に深みを与えています。
posted by ねこめ〜わく at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。