2006年06月30日

拭えない脳内価格

 拭えない脳内価格

 最近、ウチの近所に美味しい中華料理屋が出来た。オープニング期間中、持ち帰り用の点心を3割引で販売していた。味は格別、価格は庶民的とあって、十人前、二十人前注文していく客も珍しくなかった。かく云う僕も大量に買い込んだ一人で、冷凍庫を点心で埋め尽くし、家族から生暖かい目で見られた。

 「父さん、あそこに点心を主食にする珍しい生き物がいるよ。」

 結局、おまいらも食べるくせに、くせに、くせに。
「檻の中からアンタらを笑ってやるぜ」ってちょっと思った。

 怖いから口に出さなかったけどさ。


 二週間後、点心の特別価格は通常に戻り、以前ほどの活況は無くなった。またいつかセールが始まったら、再び買い込もうと決意していた珍獣はその後、中華料理屋に行くことが無かった。今の今まで。

 二ヶ月ほどたった頃、点心の特別価格がまた戻ってきた。ウキウキ気分でレジ脇に置かれているクーラーから点心を抱え込み、精算を済ませる。が、一つ疑問が浮かんだ。セールの終了日はいつなのだろうか?店主に尋ねてみた。
「今度のセールはいつまでですか?」
「まだ、決まっていないんです。」
 店主の表情は硬い。

 気の毒になったので、点心を預かってもらい、定食を食べることにした。



 以前、某巨大ハンバーガーチェーンが一個60円辺りでハンバーガーを売り出したことがあった。売上は伸びたけど、無理が祟って、値段は逆戻り。残されたのは、コスト削減の為行われた製造時間の短縮、工程の見直し、焼きの入っていないバンズにパティ、そしてそれを食べた客の記憶。つい最近、食べたモーニングのベーコンもべちゃべちゃだった。多分、一括で蒸しちゃったんだろうな。いまだ改善はなされていない。高くて一個200円程度に目くじら立てる客は少ないだろうけど、その程度のモノと認識されては、波が引くように売上が落ちる。トップ企業がぶち壊す業界のイメージ。悲しい話だ。

 ごめんなさい。少し感傷的になってしまいました。

 けれど、変化する物事の中で、変わらないものもある。例えば前段で書いたハンバーガーの価格に対する記憶。それはある時60円でペイしたモノであり、多分、現在も原価がそれを割り込まない。そんなことが頭に刷り込まれた。

 価格とは需要と供給で成立するものだが、他方、購買者と販売者の信義則でもある。購入者が商品の製造ノウハウについて知っていることは少ない。仮に知っていたとしても、一から作り出すほどの知識、コネクションはまず無い。だから、商品の価格に対する各費用の内訳についても、よっぽどその業界で勉強しない限り、知りうることができない。つまり、コストについては販売者に下駄を預けている状態である。

 当然、商品がバランスを崩した高値に設定された場合、購入されないのであるが、同類の商品が無かった、もしくは同様の金額帯に設定されていた場合、消費者は疑う余地も無くその商品を手に取る。信ずる他無い。そして、信じている。

 何故、信じていると確信するのか?それは確たる価格帯が存在しないモノにまで、言い値が存在し、それが揺るがないことに由来する。最近は揺らぎつつあるが、冠婚葬祭を考えてみればよい。葬儀にかかる費用は膨大過ぎないかい?一度買えば使い回しの利く葬式セット、人件費としては高すぎる読経代、ぐるりを取り囲む菊の花、一台1万円。宗教観さえ蚊帳の外においてしまえば、こう口にすることだろう。

 ふざけている。

 これが文化に根ざさないものであっても、結果は同じ。うどんに較べて、何故にパスタは値が張るの?お好み焼きに較べてピザはどうして?もとは同じ粉モンじゃない?(こういう歪みはゆっくりと是正されるものだから、10年前に較べたら随分マシなのだけれど)

 結局のところ、現在あるモノの価格は多くの人々に支持され存在している。つまり、みんなが信じている。

 逆のことを考えてみる。仮に、この価格を、販売者が自身の都合に合わせて、次々と変えていったとしたらどうなるだろう?これも始めに例えで使ったハンバーガーチェーンが実践している。

 答え・・・適正価格があるのに、誰も信じない。


 価格は信義則である。だからこそ、価格設定は慎重に行なわれなくてはならない。モノが売れない時代だからこそ、価格が持つ信義は重たさを増す。価格のみによる競争はいずれ、自らの首を絞める。そして、大抵の人間が思いつく戦略は、その状況で一番有利な者によって既に実践されているのだ。勝ち目が無い。

 もし価格で勝負するのであれば、直接、価格化しないことが重要であろう。セットによるオマケ(ペットボトルについてくるフィギュア)、増量(ex五個買ったら一つタダで付いてくる)、スタンプによるインセンティブ等、数値化しにくいところで、恩に着せないと、後々ツライことになる。


 DVD690円。価格だけみたら非常に嬉しいことなのだけど、これが足枷となるたくさんの事象のことを考えてみると、素直に喜べない。本日見た映画が、要は本上映で経費を回収できなかった、(お上品に云って)ウンチであったことから、長々と恨み言を書いてみた。
posted by ねこめ〜わく at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月29日

リベリオン

 リベリオン  

 せぷさんの勧めで「リベリオン」を観ました。

 ストーリー 公式サイト引用

 21世紀に起きた第三次世界大戦の結果、世界は廃墟と化した。わずかに生き残った人類は、戦争を防ぐために何をすべきかを考えた末、究極の選択をする。それは、残虐性の根絶と感情を抹殺することだった。

 欲望や情熱、怒り、恐怖、希望といったすべての感情を鈍らせることで社会混乱を抑止し、人々の心の平衡を保ち、平和を維持する。そのために、精神に作用するプロジウムと呼ばれる薬を毎日注射することが国民に義務付けられた。また、感情の発露を促すとされる絵画や映画、詩集、音楽は禁じられ、持っているだけで処罰の対象となった。

今日もまた、古い家でモナ・リザを含んだ絵画を護ろうとしていた反乱者が、警察の襲撃を受ける。先頭にたつジョン・プレストン(クリスチャン・ベイル)はクラリック(聖職者)の称号を持ち、しかも銃を用いて狭い空間で行われる武道ガン=カタ〈GUN-KATA〉の達人。殺人マシンとしての畏敬の念を寄せられる存在だった。彼は無法者の群れに単身飛び込んでいく。暗闇でも彼の研ぎ澄まされた感覚は確実に敵の姿を捉え、打ち倒していく。プレストンの活躍で一味は発見された美術品と共に消滅した。副総裁デュポン(アンガス・マクファーデン)も、彼の仕事ぶりを高く評価していた。

仕事を終えたプレストンは、相棒のパートリッジ(ショーン・ビーン)が一冊の詩集を持っていることの気づいた。彼の行動を調べたプレストンは、彼が毎晩のように廃墟へ出かけていくことを知る。違反行為を知ったプレストンは当然のようにパートリッジに銃を向けた。後任には野心家のブラント(デイ・ディッグズ)が配属されることになった。

ブレストンの妻は4年前に感情規制違反で火刑に処されていたため、自宅にはクラリックスに憧れる息子と娘だけがいる。パートリッジのことから妻のことを思い起こしたプレストンは、プロジウムの瓶をうっかり割ってしまい、注射しないまま勤務につく。そのことは、彼の心に感情を少しずつ呼び覚ます。
http://www.amuse-s-e.co.jp/rebellion/




 ストーリーの元ネタが何か分からないくらい、よくある展開だけれど、映画でいうならフランソワ・トリュフォー監督の「華氏451」だと思う。原作はレイ・ブラッドベリの小説『華氏四五一度』。華氏451度というと紙が自然発火する温度で、焚書を意味する。(マイケル・ムーア監督の「華氏911」もここからお題を頂いた。)

 しかし、この映画の中では、禁忌が書物を読むことに止まらず、感情を持つこと全般にわたってしまっているので、厳密に破綻の無い物語を作ることはほぼ不可能といってよい。すでに存在し生死に無関心になれない以上、感情から逃れることはできない。故に、出演者の演技の上での苦労はさぞかし大変なものだろう。

 ・・・と、考えていたら、心が氷であるはずの上司役アンガス・マクファーデン、同僚役デイ・ディッグズ両名が感情出し過ぎ。映画自体は面白いから、少々の破綻は目をつぶるべきなのだろうけど、これには少し萎えました。

 一方、二時間弱の映画の中で、冷徹な殺人マシンから自分の鼻を舐めた子犬を助けるまでに成長するクリスチャン・ベイルはそこらへんがさすがというべきか、最後のあたりまでほとんど表情が覗えない。素晴らしい。(マシニストでもそうだったけど、彼はホントに芸達者です。)もう一人、物語の最初でフェイドアウトするショーン・ビーンの演技も良かった。

 「子犬を救う」ようなベタな展開も目白押しだけれど、この作品一番の魅力はアクションにある。従来のガン・プレイは、悪く言えば、素っ気無いものだった。撃つ、当たる、倒れる。唐突に決着が付く凄みが(映画の中では)銃の怖さであり魅力なのだけれど、クンフー映画の手数の多さ、ワイヤーを使ったアクションシーンの多様性に比べ、明かに映像として間が持たない。持ったとしても静のシーンが長くなる。

 だから、「マトリクス」、「ソードフィッシュ」のようにスローモーションにして、銃弾の軌道を描写しないしたりしないと、肉弾戦が銃撃戦と同じ画面に納め難かった。このスローモーションは当時けっこうセンセーショナルだったようで、その後いくつかの作品でマトリクス海老反り(反りかえって弾を避ける。当然、スローモーション)が再現されている。ただ繰り返される分、劣化が激しく、ここ最近は見受けられない。

 大仰に言うなら、この映画の中の格闘術GUN-KATAは、銃を使ったアクションシーンに新たな可能性を産み出したと云えます。そんでもって、男の子にとって十分に観る価値がある。

 個人的には十分に満足しました。
 紹介して下さったせぷさん、ありがとう。

posted by ねこめ〜わく at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月28日

CMが傑作

 CMが傑作

 映画館に入ると、たいていの場合、始めの15分ほどは宣伝広告、新作映画紹介に割かれます。お客さんは席について間も無く、ガヤガヤ声が聞こえ、ポップコーンを手に取る音、ジュースをすする音がわりと明瞭に聞こえます。そこから、いくつかの食べ物屋の宣伝等が流れ、やがて映画紹介と進むに従って、周りが静かになっていきます。僕はこの瞬間が好きです。映画館にいることを強く実感します。実際観る映画にはなんら影響しませんが、期せずして静かになっていく様が何か非日常に入る儀式のように感じられるからかもしれません。

 少々、大げさに書いてしまいましたが、映画を観る前のウォーミングアップ的な意味合いはあるように思います。コマーシャルの後の映画紹介は映画の見所をゴリゴリと訴えます。訴求力が強そうなキャッチコピー、クライマックス寸前の映像。「こんなの好きな人集まれ!」ってな具合に恣意的なので、実際に映画を観るほど労力を必要とせず、かといってワクワクしないこともない。映画が始まるまでの肩慣らしになっています。

 気を抜いて見ているので、サラッと忘れてしまうものから、ずっと後まで記憶に残ってしまうものまでありますが、ここで得た情報でその後、鑑賞しに行くこともしばしばです。

 ただ僕の場合、その場で軽い印象だったものに、大きな期待をした結果、痛い目をみたこともありまして、その時に得た教訓が一つ提示したいと思います。

 「コマーシャルが優れた凡作に騙されるな。」(敢えて騙されたい人は別)

 映画制作会社とCM製作会社は基本的に別会社なので、実際の映画を観た時、コマーシャルと印象が違っていることはあります。配給会社にとっては観てもらってナンボ。作り手の主張がいかに強いものだろうと、チケットが売れなければ商売上がったりです。前作が不入りだった「キル・ビル vol.2(タランティーノの映画愛ごった煮)」はラブ・ストーリーというラッピングで公開されました。

 また、詰まらない映画ほど、CMに力が入れられるものです。理由が二つ考えられます。一つ、そうしないと興行が立ち行かないから配給会社がCM製作会社に力入れて作らせる。二つ、内容がスッカラカンだからコマーシャルの尺が一番映える。

 二つ目の理由ほど下らなく、自身の不覚を呪い、その後、自身への戒めも含め笑いに換えたく思うものもありません。

 供養の為に二つほど、提供させて頂きます。

「ヴァン・ダム IN コヨーテ」

砂漠の荒れた街。
一軒しかないダイナー。
二つの対立するギャング。
そんな物騒な街なのに、ダイナーで働いているのが不似合いな美人。
やっぱり抗争に巻き込まれる。
そこで真打ち登場。
まるっきり荒野の用心棒。
話に関係なく、飛行機と併走するバイク。
それに乗るヴァン・ダム。
万歳。


「ダニー・ザ・ドッグ」 DVDジャケット引用
首輪をつけられ「闘犬」として育てられたダニー。
彼は金儲けの道具として、戦うことしか知らずに生きてきた。
そんな荒んだ日々の中で、彼は盲目のピアノ調教師、サムと出会う。
音楽、そしてサムと彼の養女ヴィクトリアに触れ、ダニーは初めて、人を愛することを知る。
人生を取り戻すため、愛する人を守るため、ダニーは自ら首輪をはずす・・・!
 
 

 ここまで判りやすい作品には注意が必要です。
posted by ねこめ〜わく at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

男の争い

男の争い

友人Aが映画「スコア」を観て「似たような映画が見たい」と口にしていたので、紹介します。悲しいかな、マイナー作品しか観ていないと思われているらしく、「一般的で手に入るもの!」とクギを刺されてしまいました。


あぁ、今、思い出しました。以前、バーで一人、酒を飲んでいたら、別の友人Bがたまたま女の子連れて入ってきたことを。気まずかったのか、そいつは端っこで飲んでいた僕に彼女を紹介し、僕のことは映画博士のように紹介したのですが、偏った映画好きにとって、(デートのような)一連の流れで観る映画のことは判りません。他にすることが無いから観ているだけで、正直、自分が映画好きかさえ判らないというのに。

したがって、このような状況から早いこと抜け出したいものですが、話を振られてしまっている限り、急に立ち去る訳にもいかず、ずるずると、そして友人が言った映画博士の称号を全うすべく会話に挑むのでありました。

友人の彼女は「恋に落ちたシェークスピア」の話をなさっています。キャスト、あらすじはコマーシャルで見ました。そして、コマーシャルでほとんど説明できる物語でした。しかし、僕にはその良さを語ることができません。展開は予測できても、その魅力に共感できそうも無かったので。(その後、後学の為に拝見しましたが、判らずじまいです。無念。)「イギリス女王役のおばあちゃん、迫力あるねぇ。」とか「グウィネス・パルトローはかわいい」とかくらいしか頭に浮かびません。  

物語の破綻を乗り越えるには大抵の人が持ち合わせているある種のたくましさが必要です。

『多分、人生についてもそれが必要なのだ』とその時、思いました。

その後、話は20世紀フォックスの超大作「タイタニック」に移っていったのですが、ここでも勇退、転戦を余儀なくされました。

『沈み始め、垂直近づく船の中で、より長く水上に居られる為、船尾に集まった人が、重力に我慢できず、手を離すと、回転しながら落下してゆきます。その中で、プロペラに当たった人だけが、物凄い勢いで、逆回転して、落下していくところが、凄く、面白かった。』

なんて口が裂けても言えません。後でBにどのように償えば良いのか考えるだけで・・・いや、単に考えるのがめんどうです。

このような葛藤など、お構い無しにBの彼女のBの友人に気を使ったトークが続いていきました。盛り上がらない話、悪いのは全部、僕です。ごめんなさい。

去り際のBの視線はとても冷たいものでした。『使えない奴め!』彼の目はそう語っていました。僕に何を期待しているのでしょう?

回想終了。

真っ当に生きよう。社会に少しでも打ち解けるんだ!そう考えて今日まで生きてきました。けれども、紹介する映画はやっぱりマイナーな部類に入ってしまうかもしれません。(だってこの作品が一番良いんだもの)



ストーリー    DVDジャケット引用
刑務所から帰ってきたトニーは、ギャングの仲間たちと共に宝石商の金庫破りを計画。入念な準備と作戦によって、ついに強奪は成功するが、それを知った敵対勢力はトニーの可愛がっていた少年を誘拐する。男たちの無慈悲な闘いの行方は――。
 原作はオーギュスト・ブルトンの暗黒小説、『男の争い』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ刊)。
「裸の町」「街の野獣」で都市の生涯を活写したジュールス・ダッシン監督が、<赤狩り>の憂き目にあった後に完成させたフレンチ・ノワールの傑作である。
 30分間、無言のうちに行なわれる、手に汗握る金庫破りのサスペンス、非情の撃ち合いが連鎖するクライマックス……男の人生は厳しい。


 

ついでに「スコア」についてallcinema引用
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=235076
無駄の無い職人監督のサスペンス。地味ですが良い作品です。映画に爆発、ひねた展開、エグイ描写のみを求めてしまう人には不向きかもしれません。プロは危ない橋を渡りません。仕事に対する哲学を持っていて、入念な下準備と綿密な計画を欠かしません。そこいらへんが好きな人好み。
posted by ねこめ〜わく at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月26日

キラーカーズ パリを食べた車

キラーカーズ パリを食べた車

 パリと言えばフランスですが、この作品の舞台はオーストラリア。(そういえば、ヴィム・ヴェンダースの映画で「パリ、テキサス」という佳作がりましたが、これもアメリカ、テキサス州パリ。)

 大まかにストーリー

 オーストラリアの田舎町、パリ。大変のどかに見えるこの町には、恐ろしい秘密があった。町を通る旅行者の車が次々に事故に遭い、彼らの遺留品、車のパーツが町で売り買いされているのだ。主人公のアーサーは兄と職探しの旅の途中で、事故に遭い、パリの病院で目を覚ます。その後、退院した彼は市長の家に居候することになるのだが・・・。


牧歌的なホラーでして、好みの分かれる作品だと思います。村の存在を守る為に行なわれている悪行を、その場に居ながら、力を持たない異邦人の目で捉えているのですが、サスペンスやスリラーというには切迫感が無く、突拍子もないお伽噺、寓話といった感じです。強いてカテゴライズするなら、ブラック・メルヘンかな?

このような作品は好きですが、見た夢の面白さを人に伝えることに似て、説明が難しいです。誰もが主人公を監視していて、村から出さない気持ちを持っており、彼が相談した相手まで殺されてしまうという深刻な状況で、本人も出来る範囲で一生懸命生きているのですが、設定のおさえ方がユルいのです。夢のように、現実感がありません。そこがいいのですが、説明になりません。

ジャケットの表紙になっているカッコいいハリネズミ車は本編の映像でみたら、安っぽいハリボテです。ありえないものを金欠のなか、手間とアイデアで作った感じが良いのですが、これも作品の良さを説明したことはなりませんね。

深夜枠のSFもの低予算映画を観た。それがよく出来ていた。そんな感じです。
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2006年06月25日

THE 有頂天ホテル

 THE 有頂天ホテル


 「THE 有頂天ホテル」ウィキペディア引用
 ストーリー
 恒例のカウントダウンパーティーを2時間後に控えたホテル・アヴァンティ。申し分のない副支配人新堂は、アシスタント・マネージャーの矢部と共に、ホテル内で起る様々なトラブルを無難に解決していった。しかし、パーティーに出演する芸人の所から、腹話術用のアヒル・ダブダブが逃げ出したところから、何か歯車が狂いはじめる。そして突如現れた昔の妻を前に、つい言ってしまった嘘によって、新堂もトラブルに巻き込まれて行くのだった。
 愛人に会いに来た富豪、汚職事件でマスコミから逃げてきた悪徳代議士、逃げたアヒル、ホテル内で迷子になった総支配人、夢破れたベルボーイ、死にたがる大物演歌歌手、複雑に絡み合うトラブルの嵐。
 果たして、無事カウントダウンパーティーは開催できるのだろうか。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/THE_%E6%9C%89%E9%A0%82%E5%A4%A9%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB




 さながら大花火大会のような作品です。

 ストーリーに書かれているキャラクターだけでもずいぶんな数ですが、引用先を見て頂ければ分かるとおり、主要なキャストが2、30を超えます。それも相当、舞台をこなした名優、味のある怪優ぞろいです。これらの俳優が同じ建物の中で、さまざまな化学反応を引き起こします。一人の俳優の行動が、周りにいる複数の俳優に影響します。

 また、この映画の世界では「世間は非常に狭い」ものです。新堂が副支配人を務めるホテルにたまたま訪れる彼の別れた妻。その現在の夫とそのホテルで度々密会していた娼婦。娼婦に勇気付けられる汚職代議士。そのホテルで働く代議士の元恋人。その恋人はというと手違いから大富豪の愛人と勘違いされ、その愛人は・・・、といくつもの話の流れが入り乱れています。

 話が同時進行なので、画面に映っていない間もキャラクターは活動し続けます。ちょうど花咲く前の花火のように、すぅーっと天高く舞い上がり、気付けばあり得ないところで笑いになる。さっき観た映像がどこに繋がるのか?今観ている映像はどこに向かうのか?そのようなある種の期待を持って観てしまう映画です。

 映画館でも面白かったですが、DVDになってももう一度観たい作品です。この映画の監督、三谷幸喜の作品は特典映像も充実しています。キャンバスに描いた大きな絵を、額に収まるよう切り取ったような作風なので、収まりきらなかった部分にもたくさんの面白さが詰まっています。

 この監督が作る「居たたまれない可笑しさの連鎖」はとても好きです。役所広司演じる新堂にいたっては見栄を張って嘘を付いたばかりに、本来なら越えなくてもよい、幾つもの(本人にとっては過酷な)試練を乗り越えるはめになります。・・・こういった経験は多かれ少なかれ誰もが味わったことのあるものでしょう。しかし、その時は全神経を使って取り繕おうとしたことも、時を経ると笑い話なってしまうことが大半です。考えたら不思議ですよね。



posted by ねこめ〜わく at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

ウルトラ・ヴァイオレット

 ウルトラ・ヴァイオレット

 近未来を舞台にしておりますが、このお話の骨格は「抜け忍モノ」です。

 手前味噌ながら「抜け忍モノ」を定義するとしたら、こんな感じになります。
『すねに傷を持つ者がアングラな組織に拾われて頭角を現わすも、真っ当に生きたいと願ったばかりに組織の掟に背いてしまい、組織からも、社会からも追い立てられてしまう。』


 時代劇、劇画ではお馴染みの展開ですが、何度も繰り返されるほど魅力的な型であります。

 自身の尊厳を賭けて決断した動機ほど説得力のある物語要素は少ないでしょう。ましてや、その選択で命が尽きるかもしれないとなれば、尚更のこと。その上、そのことで世界を敵にまわすことになり、かすかな光明さえ見えない、ともなれば応援するのが人の常というものです。燃える展開、嫌いですか?僕は大好きです。

 ただ、これには条件があります。観客が動機を受け入れられなければ成立し難い、ということです。製作者は動機付け関して深い描きこみが必要なります。動機が激安にしか見えなければ、誰も見ないことでしょう。また、要所、要所で作品を締める(主人公の行動を成功させ過ぎない)ことも重要です。仇役がアホ過ぎたら、作り上げた世界観すべてがぶち壊しになりますから。

 しかし、悲しいかな、きっちりした型を利用した物語ほど、手を抜いても、そこそこどうにかなるものなので、大抵の作品はこの手間や工夫が惜しまれてしまいます。

 本作もどちらかというと、描きこみが薄い作品で、そこのところがすこし残念であります。

 監督はカート・ウィマー。銃(ガン)での戦闘に武術の型(カタ)を取り入れた「ガン=カタ」というアクションを考案した方の作品なので、ストーリーに頓着するより、アクションの見得を楽しむ映画です。

 僕はイマイチ殺陣の良し悪しがよく分からない為、このアクションについてはコメントを差し控えさせて頂きます。(たとえば、北村龍平さんの作品で描かれるアクションは広く受け入れられているのでしょうか?)

 個人的にはミラ・ジョヴォヴィッチの勇姿を見られただけで満足です。以前、本作と同じようなキャラを演じたバイオ・ハザード2を観たのですが、そのDVDの特典映像には、役が乗り移ったままの状態でインタビューに答える彼女の姿が納められていました。その他の映画に使わないシーンでもまさにハイパー状態で、共演者が少し距離を取っています。誰も手が付けられません。

 役者さんの中には、撮影中は完全にそのキャラに成りきってしまうタイプの方がいらっしゃるのですが、彼女はまさにこのタイプ。毛色は違いますが「スクール・オブ・ロック」に出ていたジャック・ブラックもこのタイプです。成りきれる強さに脱帽です。
posted by ねこめ〜わく at 21:00| Comment(4) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月23日

ワールド・カップ雑感

 先日のサッカー・ワールドカップ、残念でした。

「日本はアジアの中で着実にレベルを上げてきた」と思っておりましたが、世界とのレベルの差はまだまだ大きいようですね。

 多くのサポーターが「前回より日本が強くなっている」と信じていたことと思います。「実力で本大会出場を狙える」と。

 世界最強チームとの戦い、おまけに条件がえらく厳しい最終戦まで、早朝とは思えない視聴率でした。

 素人が言っても何の説得力も持ちませんが、日本は着実に強くなっていると思います。大きく水を空けられたように見えるのは、サポーターの期待値が高くなってきていること、世界とのレベル差が具体的に解るようになったこと(それくらいにはレベルが上がった)を示すものでは無いでしょうか?

 前回は開催国だったので、アドバンテージがありました。

 こういう場合、マスメディアは基本的に煽るものです。どこの国のメディアも「自国が本戦に出場できる」と口にすることでしょう。でも、それらのことは、度が過ぎなければ問題の無いことです。実際のことは戦わなければ解りません。

 また、送り出したサムライを信じずに、彼らの成功の果実だけ享受するなんてありえない。僕たちにできることは、彼らの信じ、応援することだけです。

  ただ、マスメディアの実際以上の煽りの部分に過敏に反応することは、やっぱり、問題です。流れてくる情報には必ずベクトルがあり、マスメディアがいくら客観的になろうとしたとしても、取捨選択の時点で、バイアスはかかってしまう。さらに、彼らには視聴率という足かせがあります。間を置いて捉えることも時には必要かと。

 信じることは大切です。けれど、絶対なんて存在しません。勝つことを当然と思って、八つ当たりなんて格好悪い。本当のサポーターなら、この苦い現状を認識し、これからの彼らを見守っていくことでしょう。

 中田選手が言った「今日出た実力が今の実力」なのです。


 柳沢選手だってわざとやった訳じゃないのです。

 水をぶっかけたり、卵を投げつけたりしないで欲しいものだと思います。 彼らが一番、悔しいのですから。
 http://www.youtube.com/watch?v=gp1MqPG8M30&eurl=
posted by ねこめ〜わく at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月22日

大誘拐

 大誘拐   DVDあり

 最近、岡本喜八監督の「大誘拐」を見ました。

「大誘拐」ウィキペディア引用
あらすじ  
大阪刑務所を出所した戸並健次は、社会復帰費用を得るために誘拐を計画し、友人の秋葉正義と三宅平太を誘う。 誘拐するなんて人間のやることじゃないとしぶる二人だが、大金持ちのおばあちゃんから少し恵んでもらうだけだと言いくるめられる。 やっとのことでおばあちゃんの誘拐に成功した三人だが、身代金のあまりの少なさにおばあちゃんを怒らせてしまう。 さらに、自分たちの計画の穴を的確に指摘されてぐだぐたになってしまう三人。いつのまにか主導権はおばあちゃんに移っていた。 ここに三人を巻き込んだ、おばあちゃんと井狩警部との頭脳戦が始まる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%AA%98%E6%8B%90


 根っからの悪人が出てこない誘拐事件というのも斬新ですが、被害者が誘拐犯を指示するというのも、なかなか無いストーリーです。

 誘拐犯自体が「誘拐するなんて人間のやることじゃない。」と口にするなんてありえません。思わず笑ってしまいました。

 また、誘拐される人物が海千山千の山林王でありながら、見た目ははんなりしたおばあちゃん(北林 谷栄)ってギャップもくるものがあります。

 親族、警察、テレビ局、事件に関わる人すべてがおばあちゃんに世話になったことのある人間で、おばあちゃんの為に必死に頑張るのですが、その中心にありながらちょうど台風の目のように、穏やかで飄々としているおばあちゃんに惚れます。


 ここ最近、高齢化、高齢化と言われますが、ネガティブな側面がばかり取り沙汰され、ポジティブな側面にはあまり触れられていないように感じます。しかし、身の周りを見渡してみると、老人と呼ぶに憚られる方がいっぱいです。北林 谷栄さんのような方が新しいタイプのアイドルになっていける映画界であって欲しいと思います。夫婦50割引を実施しているなら、もっとこういう映画も作って!




・・・搾取され続けている人間の為に映画基地割引作って!



 若い頃、若かった女性にとってのアイドルになりえるか?一徳さんの演じる陰とは対照的な陽。 いつかは僕もこうなりたいものです。
 KINCHO CM情報「ふらふら」
 http://www.kincho.co.jp/cm/radio_drama/furafura.html

 



posted by ねこめ〜わく at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月21日

キング・コング

 もはやストーリーを書く必要がないくらい良く知られた物語です。もし知らない人が居てもそれは幸いなこと。より多く映画を楽しむことができます。

 本作は三時間の超大作でありながら、中だるみは一切ありません。物語の最初の三分の一は舞台背景と登場人物の描写、次の三分の一は島での騒動、最後の三分の一はニューヨークに戻ってから、とタイトに区切られています。
 
 ストーリーはシンプルですが、その世界は広大です。本来なら説明に骨が折れるところですが、本作はナレーションや解説用登場人物(ex.テリーマンとか雷電とか)の解説に頼らず、丁寧な映像によって映画の世界を表しています。ピーター・ジャクソン監督はすごい。

 すべてが映像化されているので、どのシーンも気を抜かず観て下さい。無駄な描写はありません。といっても、観始めたら食い入ること間違い無しなので、労力は要りません。

 本作の一番の特徴は怪獣映画でありながら、その怪獣の表情がとても豊かなことです。技術的な側面もあったのでしょうが、今まで、これほどまでに生き生きとした表情の怪獣はいませんでした。怒り、喜び、憂い、テレ、様々な表情が見て取れます。中盤頃にはコングの顔が男前に見えてくるのだから、大したものです。

 
 この映画は「首が回らなくなった映画監督が、周りを騙くらかして未開の島に渡るところ」から始まるのですが、映画関係者には山師が多く、全くのフィクションと斬って捨てられない感じがあります。

 映画には見世物としての側面が純然とあります。「惑星ソラリス」では何気ないシーンで映るロケットの打ち上げがマジモンだったり、「フィッツカラルド」では豪華な船が山を越える映像が収められていたり、と。

 そのような一見、そろばんの合わない企画も映画化される上、そこに成り上がりを夢見る人間も加わるものだから、山師がいて当然なのです。

 「この一本で会社が潰れた」って映画の特集もいつか書いてみたいですが、それはまた今度。
 
posted by ねこめ〜わく at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

ナイト・ウォッチ

 ナイト・ウォッチ NOCHNOI DOZOR

 同名の映画があるのですが、ユアン・マクレガーが出ているスリラーではありません。

 ロシア産SFファンタジー映画です。

 長編小説の映画化、その上カテゴリがファンタジーなので世界観、ルールの説明がかなり必要になってくるはずですが、それが十分でない為、消化不良になる人が多い映画だと思います。以下の引用は公式サイトのストーリーを書き出したものです。ここを読んでおけば、映画を観た際、意味不明にならずに済みます。ただ、丁寧に書かれている為、大いにネタバレです。

 個人的に本作の面白さは「限られた予算の中で作られたSF的映像にある」と考えています。予算が大きいハリウッド映画なら、どのような異空間であれ、すべて自然な映像にできるでしょう。例えば、ハリウッドの大道具さん対ヴァンパイア兵器を作るとしたら、見栄えの良い立派なモノになるはずです。しかし、こちらはお金が無い。だから、アイデアで勝負です。何の変哲もないハンドライトに「特別な豆球」を仕込みます。これは強力な武器なのです。日常から派生するファンタジーは観客の信じる力がすべてです。

 また、光の王も闇の将軍も零細企業の社長のようによく働きます。単に出たがりなだけかもしれませんが、双方が闇と光の監視人となり千年もの間、第一線で仕事をしていたなんて、涙ぐましいじゃありませんか?組織が大きかろうが、歴史があろうが、現場第一主義!胸を打ちますね。僕がどちらかの頭なら真っ先に相手の頭を撃ちますが、そんな無粋な輩はこの世界には居ないのです。

 公式サイトのストーリーには内容がすべて書いてあります。意図してか?しないでか?は解りませんが、ストーリーのラスト数行の三つの謎まで解けてしまう徹底ぶりなので、ネタバレOKな映画なのだと思います。

 簡単すぎるかもしれないですが、推理として読んでみるのも一興かと。
ラスト数行の謎。
1、 闇の勢力はなぜイゴールを執拗に狙うのか?
2、 そして『偉大なる異種』の正体は?
3、 秘密がひとつになる時、アントンとイゴールの衝撃の事実が明かになる……。

ストーリー  公開映画サイト引用 

人間でありながら、特殊な超能力を持つ『異端』と呼ばれる種族。世界はかつて、光と闇、彼ら両軍の間で激しい戦争が続いており、破滅の危機にあった。だが、戦いの無益さに気付いた光の王ゲッサー(ウラジミール・メニショフ)と闇の将軍ザウロン(ヴィクトル・ヴェルズビツキー)は、休戦協定を結ぶ。それ以来、異端に目覚めた人間は、光につくか闇につくかを本人が決めることに。そして光の戦士は『ナイト・ウォッチ(闇の監視人)』として、闇の異種の行動を監視。闇の戦士は『デイ・ウォッチ(光の監視人)』として、光の異種を監視。こうして光と闇の勢力のバランスは、何世紀もの間、平和に保たれていた。

 現在のモスクワ。1992年。青年アントン・ゴロデツキー(コンスタンチン・ハベンスキー)は、結婚したばかりの妻イリーナ(マリア・ミロノーワ)に別の男と逃げられ、絶望しながらシュルツ夫人宅を訪問。呪術使いの夫人は、妻を取り戻すためには、彼女が身篭もっている胎児を流産させるしかないと言う。だがその恐ろしい呪いの儀式を実行する途中で、光と闇の協定違反(暗殺の共謀)により、夫人は逮捕されてしまった。

 12年後。実は予知能力を持つ異種であったアントンは、光の側に属し、ナイト・ウォッチのメンバーとして活動していた。地下鉄に入った彼は、ひとりの少年(イゴール)を狙う闇の異種、ヴァンパイアのアンドレイ(イリア・ラグテンコ)と恋人の女ヴァンパイアを追う。やがてアンドレイを殺害し、瀕死の重傷を負ったアントンは、仲間によりナイト・ウォッチのアジトである『光公社』に運ばれた。

 リーダーのゲッサーの手術を受けつつ、地下鉄で見た、頭上に空気の渦が巻いていたメガネをかけた女について語るアントン。ゲッサーは、書物に書かれた『ビザンチウム伝説』について説明する。その中に登場する
が、おそらくメガネの女の正体であると。彼女の名はスヴェトラーナ・ナザロワ(マリア・ポロシナ)、29歳。伝説によれば、彼女が世に現われた時、光と闇の最終戦争の前兆になるという。光と闇のバランスが崩れた時、『偉大なる異種』が出現する。

 一方、デイ・ウォッチのリーダーであるザウロンは、普段は歌姫として人気を博すメンバー、アリス(ジャンナ・フリスケ)に、アンドレイ殺しの犯人を探すように命令。結局、アンドレイの恋人だった女ヴァンパイアに、犯人を捜索させることにする。

 かくして彼らの標的となったアントンに、ゲッサーは助け役として、なぜか一羽のフクロウを授けた。するとその鳥は、人間の女性の姿に……。変身能力を持つナイト・ウォッチのメンバーの魔女、オリガ(ガリーナ・チューニナ)だったのだ。

 まもなく、モスクワに異常気象が起きる。トルネードと呼ばれる強力な竜巻が接近する中、闇の異種たちは、地下鉄にいた12歳の少年イゴール(ディマ・マルティノフ)を追かけている。アントンとオリガは、少年を助けるため接触する。闇の勢力はなぜイゴールを執拗に狙うのか?そして『偉大なる異種』の正体は?秘密がひとつになる時、アントンとイゴールの衝撃の事実が明かになる……。

 
 青文字は書いていない補足。


 それでも解らないところ。
1、*光と闇の協定の内容…ほとんど語られない。それなのに事の後にぶつ切りで述べられる。まるっきり、後だしジャンケン。
2、光と闇の間で大多数の普通の人間の立ち位置が不明。光の戦士はなぜ人間を守るか?意味が解らない。
3、映画で語られる光と闇の協定の一つに「双方の合意無しに種族を増やしてはならない」というルールがあるのだが、ヴァンパイアのアンドレイが恋人をヴァンパイアにしている。
4、というかヴァンパイアは存在そのものが、協定違反では?
5、映画の中で、魔女、魔法使いは災厄をもたらすものとして光の戦士の捕縛の対象のはず、ですが光の側につくオリガが魔女。後々説明されるかもしれないけど。
6、『災いを招く乙女』にまつわるルールが描かれていないので、展開が納得できない。ここでも後だしジャンケン。
色々ありすぎるが、とりあえず、これくらい、と。

 でも、この作品の有り余る愛、好きです。


 公式サイトではこのような宣伝文句が書かれています。
製作費400万ドルで国内興行収入1600万ドル。
ロシア国内では『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』を超えた。
自国の映画が200万ドル以上の興行収入を売り上げたことが無かった。

 200万ドル以上の興行収入が難しい中、400万ドルを注ぎ込む、というのは相当な博打です。原作に対する期待の高さもあるでしょうが、多分、以前より海外からのスポンサーが入って来ているのでしょう。

 「ナイト・ウォッチ」の400万ドルって制作費はロシアでは法外な金額ですが、日本円にすると(1ドル115円として)約4億6千万円。ハリウッド超大作が100億円規模で作られることから考えれば、20分の1以下です。万一こけてもリスクは格段に少ないはずです。

 世界展開することを考えれば、十分に元が取れるのかもしれません。そういえば、最近、ロシア産ハリウッド映画が日本で公開されていました。たしか、「大統領のカウントダウン」って題でした。



 最後に、気になったので日本とロシアの比較。日本の歴代興行収入。

 日本とロシアの人口、GDPについて
日本  人口1億2千万
ロシア 人口1億4千万。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E9%A0%86%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88

日本  GDP 4,799,061 (100万US$)
ロシア GDP 755,437 (100万US$)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%9B%BD%E5%86%85%E7%B7%8F%E7%94%9F%E7%94%A3%E9%A0%86%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88#.E5.90.8D.E7.9B.AEGDP

 日本国内の興行収入、千と千尋が300億。タイタニック260億。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E6%98%A0%E7%94%BB%E8%88%88%E8%A1%8C%E6%88%90%E7%B8%BE
posted by ねこめ〜わく at 22:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブレイキング・ニュース

ブレイキング・ニュース

ストーリー  公開映画サイト 
ある朝、香港の市街地で銀行強盗団と彼らのアジトを見つけた警察との銃撃戦が発生。激しい攻防戦が続くなか犯人に銃を向けられた一人の警官が両手を挙げて命乞いをしてしまう。偶然にも、その瞬間を現場に居合わせたTVカメラマンが捉えていた。さらに、CID(重犯罪特捜班)のチョン警部補(ニック・チョン)やホイ(ホイ・シウホン)は、ユアン(リッチー・レン)率いる(中国)本土からやってきた犯人グループを捕り逃がしてしまう……。
 さまざまなメディアを通じ、香港警察に対する非難が集中。一気に失った市民の信頼を取り戻すため、副総監のウォン(サイモン・ヤム)はOCTB(組織犯罪課)の新任指揮官レベッカ(ケリー・チャン)が発案した大胆なメディア戦略を採用。それはPTU(機動部隊)にワイヤレス・カメラを装備し、“犯人逮捕の瞬間という最高のショー”をTV中継するというものだった。一方、高層アパートに潜伏したユアンを追いつめたチョンやホイらは迷路のように入り組んだ内部に潜入。逮捕劇の演出家となった司令官レベッカの命令を無視し、逮捕のタイミングを待ち構える。
 一方、ユアンらは2人の子供とともにアパートから逃げ遅れたタクシー運転手のイップ(ラム・シュー)の家に篭城。そこにはある男を暗殺する任務を背負った、本土からやってきた殺し屋のチュン(ユウ・ヨン)も潜伏していた。(〜中略〜)やがて人質解放のタイミングを機に彼らとPTUとの壮絶な戦いが始まる。銃弾や手榴弾が飛び交うなか、600万人の香港市民が見守るブレイキング・ニュースの  は、果たしてどうなるのか?
http://www.breakingnews.jp/





 監督ジョニー・トーはカメレオンごとき職人監督で、本作のようなガンアクションもとれば、コメディ、ロマンス、はたまた「マッスル・モンク」のような映画まで撮ってしまう異能の人です。

 ジャケットにやられてしまい未だ観ていない「マッスル・モンク」
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/vlimgdata/4529264111803.jpg


 僕はまだ彼のガン・アクションしか観たことがないのですが、ことその分野に関して言えば、彼の作品は最高に出来が良い。彼の作品「ザ・ミッション 〜非情の掟〜」と「PTU」はその手の映画好きなら間違いなく買いです。

 上記の二作ほどではありませんが、本作もノワールな雰囲気が良く出ている快作です。

 オープニングとクライマックスの長回しには痺れます。

 強盗のユアン、殺し屋のチュン。二人のアウトローが魅力的に描かれています。その後、共闘することになった二人が昼食を作るシーンがあるのですが、このシーンがすごくいい。出方を間違ったら殺し合う可能性があったのに、そうとは思えないくらい楽しそうで。

 逆に、それを追う警察側は作中での印象が薄く、もったいなく思えました。主要なキャラクターであるチョン警部補至っては「絶対に弾が当たらない部類の利かん坊」で、シリアスな物語を壊しています。

 犯人を完全に包囲して、警察側が圧倒的優位であるのだから、もっと無機質に、無慈悲に描いた方が迫力があっただろう、思いました。


 作中のアウトローはともに中国からの不法入国犯罪者です。気になったので、雑誌のインタビューを読み返してみました。理由はリアリティを求めた結果だそうです。ジョニー・トー監督はこのことについてこう述べています。

『(中国)大陸からの犯罪者(省港旗兵)を取り上げたことに関しては、ここ20年間に香港で起こっている手榴弾や機関銃を使った殺人や凶悪事件は、ほとんどが大陸人の犯罪という事実からだ。』


 一つの国になった今も香港と中国では経済力、社会制度に違いがあります。そのような歪みが犯罪の温床なので、本土が香港と同程度の豊かさ、環境に達するまで、この手の犯罪は無くならないことと思います。
posted by ねこめ〜わく at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月18日

階段通りの人々

 階段通りの人々

 舞台は階段通りと呼ばれる貧民街。盲目の老人が持つ恵みの箱を巡って話は展開する。そこに住むものにとって恵みの箱は存外に羨ましいもので、たまたま降ってきた打出の小槌。「何故、私の手元に無いものか?」働かない老婆や赤子に疲れた女は老人を嘲り、チンピラは老人をからかう。洗濯を仕事にする老人の娘は、疲れから絶えずイライラしており、恵みの箱を当てにしている娘婿は、盗まれないようにナイフを持ち歩く。



 書き出してみると、底抜けに救い難い状況ですが、日常として描かれており、負の価値判断は含まれておりません。逆に、そのような環境に生きる人たちの力強さが伝わってくる作品です。

 監督はマリエル・デ・オリヴェイラ。齢九十を超える高齢でありがなら、年一本のペースで映画を撮り続けている巨匠です。

 作中、画面一杯に登場人物が現れた状態で展開するシーンがあるのですが、芝居みたいで、分かり易いハリウッド映画を見慣れている為、すこし戸惑いました。
posted by ねこめ〜わく at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月17日

STAY (ステイ)

 STAY  (ステイ)

 さながらミュージック・クリップみたいな映画です。シーンの切り替えがカットによって別の場所に移る訳でなく、一つのつながりとして流れていきます。例えば「サムとヘンリーの診察室での会話が終了すると、その窓がズームになり、そこから見える並木道でサムとライラが会話している。」といったふう。そのような展開が続くので、好き嫌いが分かれる映画だと思います。例えるなら、なかなか途切れない文章のようなもの。

ただ、好きか嫌いかは別にして、合理的と思えないその手法を選んだ作り手の意図は理解できるので、最後まで席を立たなければ一定の納得は得られるかと思います。

 ストーリー   goo映画引用

 精神科医サム・フォスター(ユアン・マクレガー)は、謎めいた若い患者ヘンリー・レサム(ライアン・ゴズリング)を前任のセラピストから引き継いだ。ヘンリーはサムに、三日後の真夜中に自殺すると予告する。サムには同棲中のガールフレンド、ライラ(ナオミ・ワッツ)がいるが、彼女は精神的に不安定だった。サムは結婚指輪をいつでも渡せるように準備しているのだが、なかなか渡せないでいる。その指輪に興味を示すヘンリー。また、ライラは自分と同様に自殺願望のあるヘンリーが気になり始める…。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8843/index.html?flash=1






 個人的には、救う対象であるヘンリーが嫌な奴で、愛嬌が感じられず、導入部では「勝手にすれば?」としか思えない所が残念でした。

 また、サム役のユアン・マクレガーが太って普通のアンちゃんになっていたのも残念です。「トレイン・スポッティング」の頃は格好良かったんだけどなぁ。

 文句は言いつつも、映画の料金分は楽しめました。

 飽きたとしてもこの映画に関しては最後まで観てください。オチまで観ないと料金は回収できません。「映像が綺麗」くらいにしか記憶に残らないことでしょう。

 この映画の監督、マーク・フォースターは他にも2本の映画を監督し、1本の製作に携わっています。監督の方の評価も高いですが(「ネバーランド」・「チョコレート」)、製作の方ではチンピラ役が似合うジョン・レグイザモを主演に青春ロマンスを作っていて、とても心惹かれるところです。題名「スウェー★ニョ」。
posted by ねこめ〜わく at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月16日

刑事マディガン

刑事マディガン

ストーリー  DVDジャケット引用

ニューヨーク市警のベテラン刑事マディガン(リチャード・ウィドマーク)と相棒のボナロ(ハリー・ガーディノ)は、ギャングのバーニー・ベネッシュ(スティーヴ・イーナット)を追っていたが、不意をつかれ、逃亡を許した上に拳銃を奪われてしまう。やがて二人は、ベネッシュに女をあてがっているチンピラとの接触に成功。ベネッシュへの手がかりを掴むが、その矢先、マディガンの拳銃を使用した殺人事件が発生する。一方、マディガンたちを指揮する警視総監ラッセル(ヘンリー・フォンダ)は旧友の主任警部チャーリー(ジェームズ・ホィットモア)の汚職事件が発覚したことで頭を悩ませていた・・・。




マディガンの捜査は荒っぽく、その後、同監督(ドン・シーゲル)が作る「ダーティーハリー」を彷彿させます。ウィドマークの悪人顔は観ていて飽きません。白黒で判断できない微妙な立ち位置にはぴったりです。

「ダーティハリー」ほどの厭世感はありませんが、ハードボイルド仕様です。お金もかかっていないので、ダーティハリーと較べるのは酷ですが、良く出来ています。

全編通してバタ臭いバックミュージックが流れます。昔やっていた深夜枠の米ドラマ風で、お好きな人にはたまりません。

面白かったのですが、このDVDの仕様には不満があります。始めのスタッフロールで気付いたのですが、画面の右、五分の一が削られて、映っていません。

必然的に、字幕は右に寄っているし、登場人物もどうも画面右に寄って会話をします。遠回しのシーンはまだマシなのですが、ウエストショット(頭から腰辺りまでいっぺんに画面に映すこと)になった時、登場人物の立ち位置が安定せず、その度に気が削がれます。

もともとの仕様がどうであったか?は分かりませんが、発売側は売るかぎり誠実であって欲しいものです。このDVDはユニバーサルさんの。
posted by ねこめ〜わく at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

インサイド・マン

インサイド・マン   劇場にて

ストーリー goo映画引用
白昼のマンハッタン信託銀行で強盗事件が発生。頭脳明晰な犯人グループのリーダー・ダルトンは、50人の人質全員に自分たちと同じ服を着せる陽動作戦に出る。人質と犯人の見分けがつかない以上、突入は不可能。犯人グループから“型通り”の要求はあったものの、現場は膠着状態に。指揮を執る敏腕捜査官フレイジャーも、まったく焦りを見せないダルトンの真意をはかりかねていた。そんな中、銀行の会長から“特別”な依頼を受けた女弁護士が現場に現れる。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8886/index.html?flash=1



映画の枠は2時間ですが、小品です。良くいえば渋め、悪くいえば地味。あざとい展開、過激な描写、大きな爆発はありません。

また、すべての登場人物の行動がスマートで、執着、葛藤のようなドロドロした内面は深く描いていない為、動機第一、燃える展開大好きっ子には素っ気無く映るかもしれません。


逆にサッパリした作りである分、会話の面白さは伝わってきます。

ウィットの利いた提案、シニカルな返答、多彩な人種ネタに、登場人物の立ち位置による意見の相異等。

普段、目の当たりすることの無い生活を体感することも映画の醍醐味でなので、自身でジャンル決めせず鑑賞するなら、楽しめることと思います。

交渉の中で、警察側が犯人から出されたクイズを答えねばならないシーンがあるのですが、このクイズがあまりに良く出来ていたので、警察側が一瞬、事件を脇に置いて考え合うところなど、思わずニヤリとしてしまいました。


監督のスパイク・リーはメッセージ性の強い作風で知られています。しかし、この作品ついては娯楽性が高く、敷居が低いので、彼の作品の入門として観てみるのもよいかもしれません。

もちろん、彼のカラーが全く反映されていない訳ではありませんし、彼の良さである無駄の無い編集も活かされています。
posted by ねこめ〜わく at 18:43| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月14日

ポリー・マグーお前は誰だ?

ポリー・マグーお前は誰だ?

 
ストーリー   DVDジャケット引用

 1960年代、時代の最先端をゆくパリ、モード界、未来的なモードを集めたファッション・ショーで、ひとりのモデルに注目が集まった。彼女の名はポリー・マグー。
 またたく間に時代の寵児となってゆく彼女に、テレビのドキュメンタリー番組「お前は誰だ?」の敏腕ディレクターが迫る。一方、ボロジナ国の王子イゴールはポリーの写真を見て一目惚れしてしまい・・・。
 モード・カメラマンとして「VOGUE」誌などで活躍していたウィリアム・クライン初監督作。
 ひとりのモデル(当時のモード界で実際に活躍していたドロシー・マクゴーワンが扮する)を通して時代を切り取ったキッチュ&ポップな快作!




 まず驚かされるのは、この映画が白黒とは思えない映像の華やかさを持っていること。カラー作品でも無いのに、とても賑やかで、今でもテレビコマーシャルやミュージック・クリップに使えそうな映像です。

 監督ウィリアム・クラインはカメラマンであり、画家、そして映画監督と、カテゴライズしにくいクリエーターです。この作品を撮った当時としては相当異端だったんじゃないか?と推察します。

 作品は、とぼけた展開と、遊び心溢れる映像で退屈する暇の無い作品に仕上がっています。

 テレビ、ファッション業界が作り上げるポリーとポリー本人との間のズレが感じられ、ポリーに恋するディレクターと王子さまも彼女の何に恋をしたのかわからないところが面白い。恋する二人の男はそれぞれに都合の良い展開を妄想します。 

ヒロインのドロシー・マクゴーワンは「若くて角ばっていない梨花」といった感じです。かわいい女の子なのですが、イメージ壊れたらごめんなさい。
posted by ねこめ〜わく at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月13日

ピクニック at ハンギングロック

 ピクニック at ハンギングロック   

 かぐや姫が遠くへ行ってしまうのは、彼女がこの世に不釣合いなほど美しいから。永遠なんて存在しない。すべてのモノは時と共にうつろう。それが必定。けれど、人だけが、ここには無い永遠を知ってしまった。届かないと知りながら手を伸ばす。

 少女が一番美しい頃、自身の死について思いを巡らすのは、その神聖ゆえなのだろうか?


 
ストーリー   DVDジャケット引用

 1900年セント・ヴァレンタイン・デー。オーストラリアにある名門寄宿舎制女子学校の生徒たちが、女教師に引率されて郊外の岩山ハンギング・ロックへピクニックへと出かけた。昼下がり、その中の数人が火山の隆起で出来上がった岩山の探索に出掛けたが、彼女たちと、ひとりの女教師が忽然と姿を消してしまうのだった―――。やがて、その中のひとりだけが傷だらけとなって発見されたが、彼女は他の生徒たちのことも教師の行方のことも何ひとつ覚えていなかった・・・。




 ストーリー前の煽りで書き終えた感があるのですが、素っ気無いのでもう少し。

 ヒロインの少女ミランダは作中、ボッティチェリの天使と評されるだけあり、大層美しい。それもそのような少女の十代に、ひとときだけ現れる神秘的な美しさです。それを観るだけで十分価値がある。映像も中世の絵画の世界そのもので楽しめることでしょう。

「櫻の園」、「乙女の祈り」、「ヴァージン・スーサイズ」等が好きな人にもオススメできるかもしれません。
posted by ねこめ〜わく at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

そして僕は恋をする

 そして僕は恋をする   DVDあり

 監督、アルノー・デプレシャン。

 ストーリー   DVDジャケット引用
 パリの大学講師、ポール・デダリュス、29歳。
日々をなんとなくやり過ごす彼には、十年来のつき合いになる恋人エステルがいる。美しく聡明なシルヴィアとも2年前に恋に落ちるが、でもシルヴィアは親友の彼女。
そうこうしているうちに3人目の女ヴァレリーも現れ、ポールの恋の悩みは増すばかり……。
30歳を目前にひかえて、人生を直視しようとしながら、なかなかそうもいかない優柔不断。
それに加えて3人の女たちとの恋に、友人たちとのつき合いもある……そんなパリのサンジェルマン・デ・プレあたりの青春・恋愛事情を、まるごと詰め込んだ等身大のラヴ・ストーリー。



 概して理屈っぽいのは男の方で、そういうのは「だから何?」って女の言葉に一蹴されちゃったりするんだけど、逆に、割れるほど頭を悩ませて出した答えも、問いかけた女にすれば「なに一般論、語ってんのよ。ちゃんと私見て!」だったりして、腑に落ちず、けれども「もっと手っ取り早く言ってくれよ!」とかは口に出せないんだけどさ。

 でも、仮に女が伝えたいことを言葉にしたとしても「アンタ!それがどれくらい切実なものか解る?」って言われたら、けっこう不安でね。「だから、そうやってサリバン先生のように思い切ったことするんですね。」なんて思いながら、心のどこかで「単に性悪なだけじゃないの?」って疑問も拭い切れない。

 自身の行動の不条理さに考えるのが面倒臭くなることも、自分がマゾなんじゃないかと思うくらい落ち込むこともあるけれど、谷を味わうのは高みの幸せを知ったからだし、影響しあうくらい近くにいるなら、自分に何かが混入する痛みもまた当然のこと。きっと相手も同じ痛みを持っている。

 ・・・はずなのだが、これがまた、弱みは見せず、いきなりの行動に移るものだから信じられない。「多分、相手としては『いろいろなサイン送ったけど、気付かなかったじゃない!』ってことになるのだろう。」なんて冷静になる前にライナーで飛んでくる茶碗や侮蔑。

 心身に傷をこさえながら、それでも僕らは恋をする。相手の行動を自身の思考で推し量らないで済む時がいつか、やってくるのだろうか?
posted by ねこめ〜わく at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

村上世彰代表緊急記者会見テキスト起こし

 時機を失した感もありますが、質疑応答に至るまでの25分15秒までの村上世彰氏の記者会見内容をテキスト起こししたのでUPします。日本の証券市場を揺るがした一大事件の中心にいた村上氏が記者会見で何を言ったのか、気になる方は一読してみて下さい。質疑応答後のやりとりは記者の声が聞き取りにくかったので、そちらはテキスト起こししていません。なお、読み易さのために話し出す際の「え」や「えー」という言葉は無視しました。句読点や改行はこちらで付けました。誤字・脱字などありましたら、ご指摘下さい。



村上世彰代表緊急記者会見

【司会】

 それでは幹事のお許しが出ましたので、ただいまより村上世彰の会見を始めさせて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します。


【村上世彰】

 村上でございます。今回このような場に、多くの方にお集まり頂きまして、本当に申し訳ございません。今日、今、ニッポン放送のインサイダー問題というものが、話がありますので、そのお話をきちっとさせて頂いて、かつ、阪急さんと阪神の問題、かつ、あと、当社のファンドその他のお話をさせて頂ければと思っています。

 まず冒頭、今回のインサイダーの問題について、多大な、皆様にご迷惑をおかけしたことを、心から深くお詫び申し上げたいと思います。申し訳ございません。

 ただ、きちっと中身の話もするのが私の筋だと思っております。今日、本当に、こういう場で、逆に皆様、もの凄く取材がし難い状況だったかもしれません。私、今日、この場をもって東京証券取引所の会見というものは、最後にしたいというふうに自分の心の中で決めて参りましたので、やはり僕が、一生懸命ありうべき姿を追求しようと思っていた証券取引所のこの兜クラブで、皆様にお話をさせてもらうのがいいのではないかという無理をお願いして、今日、ちょっと場が引ける前に来ちゃいましたけれども、場が、前場が引けた後に、11時に設定させて頂いて、このような所でですね、皆様、本当に、ちょっと取材しにくい場所になっちゃったかもしれませんけれども、これも私の方から深くお詫び申し上げて、これ僕の我儘でございます。この場で是非、お話をすることが私の責務だろうと、それから皆様にもですね、取材の時に「やめてくれ」「道路ではやめてくれ」と申し上げてたけれども、やはり、今日この場では、きちっと皆様のご質問をお受けして、もしくは、皆様のご批判もお受けして、答えるのが私がやってきた責務ではないかというふうに、昨日、自分の中で考え、今日この場を設定させて頂いておりますので、誠心誠意、皆様からのご質問、皆様からのご意見、お答えして参りたいと思いますので、2、30分の間、私のお話を聞いて頂きまして、かつ、皆様のご質問、その後お受けさせて頂こうと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

 ここで大丈夫ですか。テレビの方、大丈夫ですか。じゃあ、話を始めさせて頂きたいと思います。


 先ず、今回の事件についてインサイダー疑惑ということで報道がされてますが、一体何をおっしゃっているのかというのは、最初、私にとっても寝耳に水っていうか、何が僕達が、そんな疑惑に絡むんだろうというのは、全く何のことをおっしゃっているか解りませんでした。ただ、途中で、色々、5月の中旬ぐらいから、検察の方、もしくは取調べ、もしくは証券会社に調査に入られたことを聞くと、どうもライブドアの方々が、2004年の後半、年末にかけて、私どもの所に、「ニッポン放送が欲しいんだ」「ニッポン放送いいな」ということを、お話になったのが、私にとって、私どもにとってのインサイダーじゃないかという、そういう疑念でありました。僕は、本当に何を言っているか、最初、解らなかった。なぜならば、私どもは、ライブドアさんが一杯買いたいからニッポン放送の株を買っていた訳ではありません。これは検察も完全に認めて頂いてます。僕達は当時、フジテレビ・ニッポン放送間の資本政策を如何にしたら直せるか、それについては私どもが、ある程度の議決権を持って、ありうべき姿をきちんと株主として、申し上げていくのがいいのではないか。ただ、その点について、私は2004年の後半、一生懸命やってました。そして、2004年の1月17日、フジテレビが100%公開買い付けをして頂いた時、私は本当に涙が出るほど嬉しかった。日枝さんにその場で電話をして「本当にありがとうございます」と。4時だったです。憶えてます。「本当にありがとうございます」と、電話をしたのを憶えてます。

 ただ、時系列的に申し上げますと、9月の15日に、私が堀江さんと宮内さん、ライブドアの堀江さんと宮内さんにお会いして、「ニッポン放送さんはいいよ」と「僕が一生懸命こうやって株を買うから、貴方も少し買ってくれると嬉しいな」と。要するに、自分の考えに共鳴してくれる人が、少しでも株を持ってくれると嬉しかった。そういう状況でありました。それに対して、ライブドア側からですね、11月8日に、宮内さん、堀江さん、それ以外の方も数名いらっしゃって、「いや〜、村上さんいいですね、欲しいですね、経営権取得できたらいいですね、僕らも一杯お金ちゃんと準備しますから、どうですかね」というようなお話がありました。こんな失礼なことを言ってはいけないかもしれませんけれども、やはり、特に、宮内さん。僕、決して宮内さんのこと恨んではおりません。でも、やっぱり、こう「そら行け〜」「やれ行け〜」っていうタイプの方なんで「まぁ、あんまり実現可能性のある話をしてられないなぁ」と思って、全く自分の中では「へぇ〜、そんな欲しいんだ〜」「全部欲しいんだ〜」っていうことで頭の中にありました。それで、そっから2ヶ月間、そのアプローチはありませんでした。

 その後、1月6日に堀江さん、宮内さん、その他の財務関係の方がいらっしゃって、「もし、ニッポン放送を公開買い付けすると如何ですか、村上さん協力して頂けますか」というお話が1月6日にありましたんで、「貴方達にそんなことできるの?」と。「僕はもう既に18.何%を持ってるから、1%でも2%でもいいから買ってくれれば、本当にフジテレビがニッポン放送の資本政策を見直せなかった時、一緒に株主として考えて、そして、その結果、コンテンツとして利用して、利用できるものについてあれば、一緒に考えようよ」「でもね、村上さん、経営権が欲しいんですよね」っていうのは、確かに彼らは言ってました。そういうふうに。これが今回の疑惑なんです。実は私は、1月の後半にかけて、ニッポン放送の株は大量に、堀江さんたちが発表する前にもう売り払っていたんです。大量にっていうか、まぁ、そんな大量でもないですけど、数十万、あの、何万株というオーダーで売ってたんですけれども、それは、1月28日の時点からはですね、それ以降もうち売ったり買ったりしてたんですけれども、1月28日の時点に、熊谷さんから、ライブドアの熊谷さんから当時電話があってですね、「外人の持っている人達の状況を、あの、教えてくれませんか」ということを、「やっぱり、場合によっては外人の株を買いたいんです」連絡あったので、1月18日以降、私どもはライブドアの株をストックしました。これは、うちのインサイダーマニュアルチェック、コンプライアンスチェックにおいて、ライブドアの株をストックしました。

 ただ、今回、検察当局がおっしゃるには、「村上さんはライブドアがどこまで本気で、一生懸命買うか、絶対にニッポン放送を買うかは別にして、11月8日に宮内さんが『行きましょうよ』と声かけたでしょ」と。「1月6日に『もしできたら公開買い付けしたいんですけど』と言ったでしょ」と。「それを聞くのが」、これもの凄く難しいんで、後で自分自身の紙をですね、僕の個人の名前でホームページにアップしとこうと思いますんで、それをご参考にして頂ければいいと思うんですけれども、「それが5%以上買い集めることについての準備に当たるんです」と。「そんな馬鹿な」と当初は僕も思いました。そんなことで僕は株を買っていたのではない。それは検察当局も、僕が一生懸命、例えば、もしフジテレビがそうならなかった時、来年の株主総会に向けて、どういう取締役構成になるのか。当時は自民党の方も、民主党の方も一人ずつ入って頂いて、「ある意味で放送局っていうのはフェアにできることはないか」っていうことまで言って、取締役をお願いしてたんです。その時にあんまりライブドアの話は頭になかったんです。ただ、2日間、僕、検察当局とガンガンやり合いました。

 ただ、検察当局のロジックもあるんです。「村上さんは、そのライブドアの動きを元に儲けようと思ったんじゃないけれども、宮内さんが『そら行け〜、やれ行け〜、ニッポン放送だ』って言うのを聞いちゃったでしょ」と。聞いちゃったと言われれば、聞いちゃっているんですよね。で、それを本当に、この証取法の167条や168条にかかるんだろうか、と。自分の中でも何回も何回も繰り返し、考えてみました。ただ、構成要件っていう、これ私も法律をやってきた人間です。構成要件っていうことを考えると、かかるかもしれないし、かからないかもしれない。裁判で争って、絶対にかからないということもありますが、これは裁判上の解釈の問題だけなんです。法律の解釈の問題だけなんです。それに基づいて、うちのファンド、もしくは、うちがやってきたこと、これが2年間、たぶん裁判になれば2年間になります。2年間かけてですね、ずっと争い続けることが、僕が大切にしてきたオフィスとか、自分の一緒に働いている人とか、そういう方々にとって、もしくは、僕に期待して投資をして頂いてくれているファンドの方にとって、僕が泥塗れになりながら、2年間訴訟闘争をやることが、本当にいいのかどうか。これを自分の中で数日間考えました。その結果、昨日に至って、私は「検事さんのおっしゃる通り、それも構成要件の一つかもしれない」と。

 事実、11月8日、宮内さんが「やりましょうよ」っていう、宮内さんこうやって最後バタっとこう机にやって、「宜しくお願いします」と頭を下げられるんですよね。それ、確かにあった。あの宮内さんのポーズって、やっぱり僕、絵が頭の中に残るもんですから、確かにあったんで、それをやられたのは1月6日です。私どもは決して、そのライブドアがそうやることによって株を儲けようと思ったのではない。これは調書にも書いてあります。そうではない、と。「しかし、貴方は知ってしまった」。私は悩みました。私は、この証券市場の中で、プロ中のプロと自分を自認しております。プロ中のプロが、そういう法律を、万が一でも、犯していいものかどうか。それについて自分の中で悩んだ結果ですね、これはやっぱり自分にとってもミステイクがある、と。俺はミステイクはない、俺は知らないっていうよりも、やっぱり、その自分が把握しなかったこと、自分が本当に買いたいと思って、たまたま堀江さんがそう言ったとしても、それは私がやってきたフェアネスの中で、止めなきゃいけなかったことではないか、というふうに自分の中で思い至りまして、私の方から「検事さんのおっしゃる通りかもしれない」と、そうであれば、これは私がプロ中のプロとして、認識が甘かったものについては、私自身が罪を認め、私自身がそれを甘んじて受けるのが、これは私のやるべきことではないか、というふうに判断を致しました。

 ということで、昨日の夜、私は検事さんの調書に、その部分について、サインをしました。その部分について、サインをしたということは、私は証取法の167条に基づくものについて、5%以上買い進めることの準備を、知って買った訳じゃないんです、聞いちゃってるっていうことなんですね。自分の中では、これ本当に、「罪を認めた人間が、お前、それでいいのか」って言われるかもしれませんが、自分の中では本当に、その感覚がなかった。感覚がなかったんだけれども、現実問題やったことについては、これは自分自身、罪を認め、反省をする必要はある。これは自分の生き方に、そうしなきゃ反する。ということで、昨日、私はその調書にサインをしましたので、私自身が起訴されることは、ほぼ間違いがない、というふうに思っています。それがどのようなやり方になるのか、これは検察当局のお考え次第でございますんで、これにつきましては、きちんと言われた通りやっていくのが僕の務めかなぁというふうに思います。この件、私自身がですね、やはり、残念ながら、罪を犯そうという訳じゃなかったけれども、聞いてしまったということについてですね、この証取法、自分がプロ中のプロであると思っていた人間がですね、犯してしまったこと、本当に深くお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。でも、それは仕方がない。仕方がないことはやっぱり自分で認める。これはやっぱり自分の生き方にもそう思いますんで、ただ、後で、自分が考えていたこと、これも皆様に少し、お話をして、させて頂くチャンスを、与えて頂きたく思います。


 二つ目であります。阪神・阪急の問題について、お話をさせて頂きたいと思います。昨年の10月以降、阪神の株を、大量に取得をさせて頂きました。その当初から、私は「私鉄同士の再編はないのか」ということを、ずっと言って参りました。これは丁度、さっきのライブドアと同じ時期、私は堤義明さんにお目にかかり、西武鉄道というものを買いたかった。ファイナンスも一生懸命つけてた。そういう意味で、その時に西武鉄道の問題を徹底して勉強した結果、「いや、阪神はいいな」ということを思いつき、阪神電鉄の株について買うことを検討した訳であります。そして、私自身、中学校・高校時代、阪神電鉄をずっと利用さして頂きまして、非常に安全性にも長けた、いい会社だと思ってました。ただ、「こんな短い会社でいいのかなぁ」と「色んなとこと提携がないのかなぁ」と。私自身が最初にご提案を申し上げたのは、京阪・近鉄でございます。近鉄とは、路線が繋がる。京阪とは、中ノ島から西九条の間、僅か数キロ繋がれば、一挙に京都から姫路まで行ける。そういう状況の中でご提案申し上げました。その間、阪神さんも年明け以降、真剣に検討頂き、当初は京阪、そして阪急ということがありました。

 ただ、最後に阪急に会った時に、私自身の気持ちの中にあったのは、あまりに拙速ではないかと、本当に京阪じゃなくて阪急がいいのか、それ以外の選択肢はないのかということについて、私自身、「ちょっとこれは拙速かな」というふうな思いがあり、激しく、四月の末以降、交渉をして参りました。後でこれは、阪急の経営者の方、もしくはアドバイザーの方、阪神の経営者、アドバイザーの方にお聞き頂ければいいと思いますけれども、単に価格交渉をしていたのではなくて、阪急、京阪がどのように統合するか、どうなるべきか、それ以外の選択肢はないのか、そういうことを真剣に検討をしていた訳であります。本当はもっと検討したいという気持ちもあります。しかし、今回、このような状況に至り、当方のファンドも色々考え、しかも、阪神さんと阪急さんが日本で初めて私鉄の大再編をやって頂くということでありますので、この統合に向けて、当方は最大限の、出来る限りの協力、ファンドの株を、阪急さんのTOBに基本的には応じるという方向で検討したく、その結果、当方が提案しておりました、株主提案その他につきましては、本日をもって提案を取り下げるということに致しました。

 ただ、残念なのは、こんな中でこんなことを言うのはあれかもしれませんけれども、阪急さんの統合効果というのは、未だに僕はよく解らない。本当は、阪急さんにずっとお願いしていたのは「統合したらここまで良くなる、ここまで良くなるから、それをコミットメントに挙げる、そのコミットメントが実現しなかったら、会社のトップとして辞めるということを盛り込んでくれ」というのをずっと言ってた。でも、これは実現しなかった。で、それを未だに言ってたけれども、残念ながら今回こういう話があり、自分として責任を取らなければいけない。ファンドとしても、どういうやり方が一番いいのかと考えた結果、阪急さんの公開買い付けに基本的に応じるということを決めました。ただ、私どもはもう殆ど株主でなくなるかもしれないけれども、一時期、本当に阪神の株を大量取得させて頂いた人間としては、いつか数年経って「統合してて良かったな」と言って頂けると、非常に嬉しいなというふうに思う訳であります。


 三つ目でございますけれども、私どものファンドおよび私自身の今後の身の振り方ということについて、お話をしたいと思います。私、この世界に7年前に、役所を辞めて飛び込みまして、皆さんにどんな言い方をされようと、やっぱり、この株式市場を真っ当にし、生きていく人間というふうに思ってます。それは今回の件でどんなご批判を受けても構わない。それは僕が悪い。ルールを犯した訳ですから。その私が、この証取法という、証券取引の憲法というような法律を、犯してしまった以上、この世界に私が引き続きいるのは、私はやっぱりおかしいと思う。ということで、私は、基本的に、今日をもってこの世界からは身を引くというふうに考えた訳であります。ただ、皆様に対するお願い事、もしくは私どもを可愛がって頂いた人に対するお願い事としては、私、結構、自分を頼ってくれる人間を、一杯、自分の組織の中に集めました。もの凄く優秀な人間もいる。それから、やっぱり自分が唱えていたコーポレートガバナンスというものに共鳴して、集まってくれた人間は一杯いる。私にとっては、そういう人達ってのは、凄く凄く自分にとって大切な方。もしくはプレスの方でも、自分と同じ考えを持って、やっぱりありうべき株式市場の姿を追求して頂いた方は一杯いる。それから私の所にですね、野村證券の方、もしくは日興シティーの方を中心に、一杯、僕の考え方に共鳴してくれて、M&Aの世界の方が、結構、十数人集まってくれている。で、私はこの自分が考えた世界の人達にはですね、引き続き頑張ってやって欲しいという気持ちを凄く強く持ってます。

 私は、今日、この場で身を引こうと思いますし、どういう手続ができるか判りませんけれども、私の持っていた会社は、もし、うちの従業員達が引き続きやって頂けるということであれば、株も含めて全部譲る、というふうに思っています。それから、一部報道でもありましたけれども、ファンドについては、当面、私自身はもうファンドからは身を去る訳でありますけれども、一部の主要人物はきっちり残って頂けると思ってますので、その者を中心に、さらにシンガポールに拠点を移しておりますので、そこで証券、証券の売買ということができますので、中心にやっていければなぁ、と思っています。そういう意味では阪神さんに助けられたって言いますか、うちのファンド、たぶん阪神の株を売ることによって、まぁ、1800億ぐらいの、たぶん、1800億ぐらいのお金が入ってきますので、たぶん、うちのファンド自体はもう、現在、ファンドとしては本当に情けないことに、キャッシュマウンテンのファンドになってしまうと思います。それ以後、今年もマーケットが良かったので、あんまりお金を使っていないこともありましたから、4000億のうちの2/3ぐらいは現金であると思うので、今これ、内部で相談しておりますけれども、「今回、お前がこんな罪を犯したから、俺はもう出て行くんだ」という投資家の方がいたら、私、どういうふうに罪を償えばいいのか、ちょっと現在のところ判りませんが、罪を償っている途中、もしくは、罪を償い終えた後でもですね、私はもうファンドに携わる者ではありませんが、ファンドに入れて頂いた方には一軒一軒、自分のやってきたことを、もしくは、今後、若い人達を中心に、どういうふうにファンドを運営していくかということをご説明に上がって、引き続き、もう村上っていう名は二度と出ないと思いますけれども、そのファンドにお金を預け、そして、皆さんにも結構、怒られました。「お前が7年前に言ってきたことと違うじゃないか」と。「一杯儲けるだけじゃないか」、かもしれない。でも、やっぱりコーポレートガバナンスっていうことを、僕は最初っから要望してきた訳ですから、そのコーポレートガバナンスの僕の志を継いでやって頂ける人達に、引き続き、お金集めて、お金を運用させて頂いて、この国の企業の在り方を、私を信頼して頂いた若い人に託したい、というのが私の気持ちであります。

 私は、罪を犯してしまった。プロ中のプロとして、憲法を破ってしまった。私はきちっと身を引こうと思います。ただ、うちの会社の人間は、そんなこと、宮内さんが言ったようなこと、誰も聞いてない。それで、組織が滅びるというのは、自分としては許し難いことでありますので、これは、うちの従業員の皆にもきちっと謝って、引き続き、僕がいなくなっても、やって欲しいという気持ちを伝え、勿論、僕がいなくなった後、どこまでできるか判りません。ただ、M&Aの世界では、今でも数件、アドバイザーの仕事を請け負ってます。僕がいなくともできる。それから、トレーディングの仕事もシンガポールで、僕がいなくてもできる。それを僕は引き継いで欲しいな、というのが私の気持ちであります。自分自身は、このように罪を償わなければならない身になりましたけれども、何とか皆様にもご理解を頂いて、名前も当社変わっちゃうかもしれませんけれども、ある意味でコーポレートガバナンスをきちんと実行するファンドであり、かつ、色んな企業の再編に関与できる、M&Aのアドバイザーもできる会社、それが日本に残りますから、ご支援頂けるとありがたいと思います。以上でございます。ありがとうございました。

【25:15】
posted by ねこめ〜わく at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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