2006年08月31日

メタボリック・メランコリック

メタボリック・メランコリック

腹回りが85センチを肥えると、中性脂肪がとってもデンジャラス。
とってもアバウトで分かり易い指標でございますな。
こうやって、電気コードで腹回りをぐるっと。
物差しでしっかりと測ってっと。
ほぉ、85センチ。

ふぅ。
posted by ねこめ〜わく at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月30日

ある聖人の話

最近、とても心を打たれた記事があったので紹介します。
すこしでも多くの人に知って貰いたいので。

 産経新聞 引用
「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/16661/


第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。
 照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
 照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。
 300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの「沖縄ノート」(岩波書店)では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。
 その後、作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」(文芸春秋)で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(豊吉広英)
                  ◇
【用語解説】渡嘉敷島の集団自決
 沖縄戦開始直後の昭和20年3月28日、渡嘉敷島に上陸した米軍から逃げた多数の住民が、島北部の山中の谷間で手榴(しゅりゅう)弾のほか、鎌(かま)、鍬(くわ)などを使い自決した。武器や刃物を持っていない者は、縄で首を絞め、肉親を殺害した後に自分も命を絶つ者が出るなど悲惨を極めた。渡嘉敷村によると、現在までに判明している集団自決の死者は315人。
【用語解説】戦傷病者戦没者遺族等援護法
 日中戦争や第二次大戦で戦死、負傷した軍人や軍属、遺族らを援護するため昭和27年4月に施行。法の目的に「国家補償の精神に基づく」と明記され、障害年金や遺族年金、弔慰金などを国が支給する。サイパン島などの南方諸島や沖縄で日本軍の命を受けて行動し、戦闘により死傷した日本人についても戦闘参加者として援護対象とされている。
                  ◇
≪「大尉は自ら十字架背負った」≫
 「大尉は、自ら十字架を背負ってくれた」。沖縄戦の渡嘉敷島で起きた集団自決の「軍命令」を新証言で否定した元琉球政府職員、照屋昇雄さん(82)。島民が年金や弔慰金を受け取れるようにするために名前を使われた赤松嘉次元大尉は、一部マスコミなどから残虐な指揮官というレッテルを張られてきた。照屋さんは、自分のついた「うそ」で、赤松元大尉が長年非難され続けてきたことがつらかったという。
 赤松元大尉は昭和19年9月、海上挺身隊第3戦隊の隊長として渡嘉敷島に赴任した。任務は120キロ爆雷を積んだベニヤ製特攻艇を使った米艦船への体当たり攻撃。ところが、20年3月の米軍主力部隊上陸前、作戦秘匿を理由に出撃前に特攻艇の自沈を命じられ、終戦まで島内にとどまった。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法では、日本軍の命令での行動中に死傷した、沖縄やサイパンの一般住民は「戦闘参加者」として準軍属として扱うことになっている。厚生労働省によると、集団自決も、軍の命令なら戦闘参加者にあたるという。
 照屋さんは、本来なら渡嘉敷島で命を落とす運命だった赤松元大尉が、戦後苦しい生活を送る島民の状況に同情し、自ら十字架を背負うことを受け入れたとみている。
 こうして照屋さんらが赤松元大尉が自決を命じたとする書類を作成した結果、厚生省(当時)は32年5月、集団自決した島民を「戦闘参加者」として認定。遺族や負傷者の援護法適用が決まった。
 ただ、赤松元大尉の思いは、歴史の流れのなかで踏みにじられてきた。
 45年3月、集団自決慰霊祭出席のため渡嘉敷島に赴いた赤松元大尉は、島で抗議集会が開かれたため、慰霊祭に出席できなかった。中学の教科書ではいまだに「『集団自決』を強制されたりした人々もあった」「軍は民間人の降伏も許さず、手榴弾をくばるなどして集団的な自殺を強制した」(日本書籍)、「なかには、強制されて集団自決した人もいた」(清水書院)と記述されている。
 渡嘉敷村によると、集団自決で亡くなったと確認されているのは315人。平成5年、渡嘉敷島北部の集団自決跡地に建てられた碑には、「軍命令」とは一切刻まれていない。渡嘉敷村の関係者が議論を重ねた末の文章だという。村歴史民俗資料館には、赤松元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った恩賜の銀時計も飾られている。
 同村の担当者は「命令があったかどうかは、いろいろな問題があるので、はっきりとは言えない。しかし、命令があったという人に実際に確認するとあやふやなことが多いのは事実。島民としては、『命令はなかった』というのが、本当のところではないか」と話した。
 今回の照屋さんの証言について、「沖縄集団自決冤罪(えんざい)訴訟を支援する会」の松本藤一弁護士は「虚偽の自決命令がなぜ広がったのか長らく疑問だったが、援護法申請のためであったことが明らかになった。決定的な事実だ。赤松隊長の同意については初めて聞く話なので、さらに調査したい」とコメント。昨年、匿名を条件に照屋さんから話を聞いていた自由主義史観研究会の代表、藤岡信勝拓殖大教授は「名前を明かしたら沖縄では生きていけないと口止めされていたが、今回全面的に証言することを決断されたことに感動している。また一つ歴史の真実が明らかになったことを喜びたい」と話している。
 照屋さんは、CS放送「日本文化チャンネル桜」でも同様の内容を証言。その様子は同社ホームページで視聴することができる。
                  ◇
≪「真実はっきりさせようと思った≫
 照屋昇雄さんへの一問一答は次の通り。
 −−なぜ今になって当時のことを話すことにしたのか
 「今まで隠し通してきたが、もう私は年。いつ死ぬかわからない。真実をはっきりさせようと思った」
 −−当時の立場は
 「琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員の立場にあった。以前は新聞記者をしていたが、政府関係者から『援護法ができて、軍人関係の調査を行うからこないか』と言われ審査委員になった。私は、島民にアンケートを出したり、直接聞き取り調査を行うことで、援護法の適用を受ける資格があるかどうかを調べた」
 −−渡嘉敷ではどれぐらい聞き取り調査をしたのか
 「1週間ほど滞在し、100人以上から話を聞いた」
 −−その中に、集団自決が軍の命令だと証言した住民はいるのか
 「1人もいなかった。これは断言する。女も男も集めて調査した」
 −−ではなぜ集団自決をしたのか
 「民間人から召集して作った防衛隊の隊員には手榴(しゅりゅう)弾が渡されており、隊員が家族のところに逃げ、そこで爆発させた。隊長が(自決用の手榴弾を住民に)渡したというのもうそ。座間味島で先に集団自決があったが、それを聞いた島民は混乱していた。沖縄には、一門で同じ墓に入ろう、どうせ死ぬのなら、家族みんなで死のうという考えがあった。さらに、軍国主義のうちてしやまん、1人殺して死のう、という雰囲気があるなか、隣の島で住民全員が自決したといううわさが流れ、どうしようかというとき、自決しようという声が上がり、みんなが自決していった」
 −−集団自決を軍命令とした経緯は
 「何とか援護金を取らせようと調査し、(厚生省の)援護課に社会局長もわれわれも『この島は貧困にあえいでいるから出してくれないか』と頼んだ。南方連絡事務所の人は泣きながらお願いしていた。でも厚生省が『だめだ。日本にはたくさん(自決した人が)いる』と突っぱねた。『軍隊の隊長の命令なら救うことはできるのか』と聞くと、厚生省も『いいですよ』と認めてくれた」
 −−赤松元大尉の反応は
 「厚生省の課長から『赤松さんが村を救うため、十字架を背負うと言ってくれた』と言われた。喜んだ(当時の)玉井喜八村長が赤松さんに会いに行ったら『隊長命令とする命令書を作ってくれ。そしたら判を押してサインする』と言ってくれたそうだ。赤松隊長は、重い十字架を背負ってくれた」
 「私が資料を読み、もう一人の担当が『住民に告ぐ』とする自決を命令した形にする文書を作った。『死して国のためにご奉公せよ』といったようなことを書いたと思う。しかし、金を取るためにこんなことをやったなんてことが出たら大変なことになってしまう。私、もう一人の担当者、さらに玉井村長とともに『この話は墓場まで持っていこう』と誓った」
 −−住民は、このことを知っていたのか
 「住民は分かっていた。だから、どんな人が来ても(真相は)絶対言わなかった」
 −−あらためて、なぜ、今証言するのか
 「赤松隊長が余命3カ月となったとき、玉井村長に『私は3カ月しか命がない。だから、私が命令したという部分は訂正してくれないか』と要請があったそうだ。でも、(明らかにして)消したら、お金を受け取っている人がどうなるか分からない。赤松隊長が新聞や本に『鬼だ』などと書かれるのを見るたび『悪いことをしました』と手を合わせていた。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂ける思い、胸に短刀を刺される思いだった。玉井村長も亡くなった。赤松隊長や玉井村長に安らかに眠ってもらうためには、私が言わなきゃいけない」




先の大戦において、沖縄は捨石になりました。そこに残された人々を救うため、自ら悪役を演じた赤松さんの行為は杉浦千畝と並び賞賛されるべきことだと思います。

しかし、このことについて一部のメディアしか取り上げていません。我が身のことになると、メディアは著しく意味を成さない。誤りを正すことによって、自らの言質を軽くするかのように、腰が重い。

ここで書くことが何の力になるのか分かりませんが、読んで下さった方、ありがとうございます。

一日も早く、赤松さんのいわれなき罪が晴れますように。
posted by ねこめ〜わく at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

ユナイテッド93

 ユナイテッド93

 基本的に目から得た情報は拭い難い。例えば、手品。無から有を生み出すことなんて、論理的にありえない。なのに、皆が皆、大仰に驚いてみたりする。「在り得なさ」を楽しみに来ているのだから当然なのだけど、何故、人が「在り得ない」と驚くのか?ということを考えると、目に対する絶大の信頼に行き着く。目にしたものは受け入れてしまう。暗闇に対する恐怖を想像するまでもなく、目を閉じて三歩歩いてみれば簡単に理解できる。「見えていない」と極端に不自由になる。それだけ目に頼っている。見たものを信じないと生が成り立たない。

 視界に入るものはとめどない。目を開いている限り絶え間なく入り込む。だから、全部受け止めてなんかやってられない。見ているようで見ていなくて、見ていないようで見ていることがたくさんあったりする。信号待ちで突っ立っていても、信号機の向こう看板までは見えていなかったり、ぼーっと眺めているだけのテレビの内容を急に思い出したり。

 生きている限りすべてを意識的に受け取るってことは難しい。メディア・リテラシーってのも大切だけれど、受取り手の自助努力だけに頼ってはなかなか進展しないよね。

 実際の事件を元に、ドキュメンタリーっぽい作りの映画を作るとしたら、それ相応の慎重さがあって欲しい。それが現在に続くナイーブな問題であるのならなおさら。相応の但し書きをつけるとか、どうにかならなかったのかな?それで金儲けしているのに。

 飛行機は錐揉み状態、足元も覚束ない機内なのに、華奢な台車一つでどうやってコクピットのドアをブチ破れるのか?この描写にはあきらかなフィクションが含まれていると思う。そうあって欲しい願望。テロリストが体育1か2にしか見えないのもそう。マクロな惨劇としてより、ミクロな悲劇として消化したい願望。

 真実は分からないけれど、「アメリカ人はこう捉えたいんだ。」ってことは分かった。それくらい深い問題であることも。
posted by ねこめ〜わく at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

おっ!練乳苺

おっ!練乳苺

またしても、アイスの話題にございます。

京都は伏見区深草(我が極楽寺のすぐそばにございます。)にある(株)レマンYが製造する氷菓でありまして、苺のカキ氷の上、一面にぶつ切りの苺が並べられています。さながら、苺タルトの様相を呈しておりますれば、二百円を下回るその価格、誠にお値打ちを申す他ありません。更に、この氷菓、コンデスミルクのシロップまで外付けされている心配り、只者ではございません。


問題は凍りついた苺が硬く、レジで頂ける木のスプーンではどうしようも無いことなんだ。すこし溶け出してから食べたけど。でも、今度食べるときは家に持ち帰ろうと思う。冷やしたガラスの皿に移し変えて、金属のスプーンでガリガリやってから、練乳かけたらさぞかし美味しいだろうな。一手間のイマジネーションの分も。
posted by ねこめ〜わく at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 甘味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

俺流、かっこわるい。

 俺流、かっこわるい。

 このところ、周りの迷惑を顧みない人がテレビに取り上げられるケースが多いように思われる。具体的に観た放送を書くと、NHK、クローズアップ現代の八月一日放送「崩壊?日本人のモラル」。

 高速道路の料金所を料金を払わずに突破する車。コンビニや道の駅のゴミ箱に捨てられる大量の家庭ゴミ。図書館では本の無断持ち出しや切り抜きが相次ぐ。思わず首をかしげたくなるようなことが私たちの身の回りで日常的に起きている。各地の自治体は、監視カメラの設置やパトロール強化など対策に追われるが、効果はあまり上がらないうえ、コストは税金で賄われるため結局ツケは住民全体に回っている。「私」より「公」を優先させることが美徳とされてきた日本人のモラルに何が起きているのか。現場からのリポートとともに、スタジオにふたりの識者を招き、その背景を読み解いていく。(NO.2278)


 それと、違う局のワイドショー。公共の河川敷で打ちっ放しをするゴルファー。別の日に、深夜まで花火を上げてお祭り騒ぎな人たち。


 迷惑行為の実数がどれだけのものか?はよく分からないけれど、暑い夏が更に鬱陶しくなるので「そういう人は早く改心して、テレビに映らないで」と切に願う。

 とはいえ、多く場合、リポーターに指摘されても大部分が開き直り、中には逆ギレする猛者も少なからず居るようなので、実行力のある施策でしか解決されないかもしれない。

 即効性があるのは、条例を作って破った者に罰金を科すことだろう。迷惑のかけ逃げを長期的に見過ごしてしまうと、社会全体のモラル低下も心配になる。「迷惑かけて生きた方が楽じゃん。」なんて原始に還りたがる輩を不要に生み出さない為にも、早々に手を打たなくてはならないだろう。財政も限りがあるのだから、迷惑掛けた人間からぶん取るが一番合理的。

 ただ、ここで気がかりなことは、法のみの解決に安寧してしまわないか?ということ。法には拘束力がある。だから、必要最低限でなければならない。なんでもかんでも法に頼ると、何かの間違いをした、または、したと受け取られた時、すぐに罰金、刑務所となる。鋼球でキャッチボールをするようなものだ。いずれ怪我をする。

 人間は社会的な生き物なので、たくさんの人間と分業を図らなくては、人間的生活を維持できない。必然的に、込み入ったコミュニケーションが生まれる。それには共通の認識が必要になる。法も大切だけれど、それ以外の何かも。前段落でキャッチボールという例えを遣ったけれど、硬い芯を柔らかく包み込むゴムのようなものがなければ、怖くて、相手に飛ばせない。飛ばしちゃ駄目ですよぉ。

 そういった最低限のみの不自由を被らない為のコーティングが道徳であったり、倫理であったり、公共心であったりする。役割から柔軟性に富んだものだから、一様に説明するのが難しいのだけれど、必要ないなんて、絶対いえない。

 さりとて、ウチは公共心で行きましょう!と何処かで決まったとしても、一朝一夕にはいかない。コミュニティー単位の普段の一手間によって作り上げられていくものだから。時間が掛かる。


 ちょっと前に、ウェブにて「亀田パパとやくみつるの討論」を観た。挑発的な格好をして道徳を説く、やくみつるは訴え方が間違っていたけど、亀田パパの「嫌いなヤツは観んでいいねん。」には閉口した。『それならペイビューでやってよ。』と。テレビは許認可制で、狭き門。あの大ブーイングが飛んだ試合で流された番組が確実にあるのだから。(ただ、この試合についての一番の責任は、許認可貰っているにもかかわらずポンスケな、TBSにある。使うのならばフォローせねば。)

 討論で亀田パパがよく使っていた言葉が「俺流」なのだけれど、この言葉が一連の迷惑な人を表すキーワードのような気がする。(ガッツさんの愛に溢れる言葉さえ退けるなんて。)「道徳はいらない。俺が(自分に都合よく)律すれば問題なし。」では、何処かで大きく頭をぶつける。それぞれに限度はあるのだろうけど、そんなローカルルールに誰もが乗っかってくれる訳も無い。

 社会が彼らを弾き出す前に、気付いてくれたらいいのにな、と。
posted by ねこめ〜わく at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

遊星からの物体X

遊星からの物体X

ストーリー  DVDジャケット引用

舞台は、1982年冬、南極にあるアメリカ観測基地。男性12人の観測員からなるチームが、宇宙から飛来し10万年以上も雪の中に閉じ込められていた異星生物を発見する。その生物は凍結状態から解き放たれると、姿形を変えて観測チームの一員になりすまし、恐怖と戦慄を巻き起こすのだった。



よく出来たSFサスペンスです。

外界から閉ざされた基地。忍び寄る殺戮の影。基地内に起こる疑心暗鬼。

サウンドノベルにしても良いものになりそうなのだけど、SF版「かまいたちの夜」になっちゃうかもしれない。

あぁ、でも、このささくれだった感じ、良いなぁ。極限状態を言葉少なに、淡々と見せるカーペンターさんの手腕は凄いと思います。
posted by ねこめ〜わく at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

100%フルーツいっぱい

「100%フルーツいっぱい」

センタンのアイス。この夏の新商品。スーパーなどでしか見かけないけれど、見つけたら即買い。イチゴ、りんご、黄桃がいっぱい入って、定価たぶん百円。何故たぶんって付けるかというと、コンビニに比べ、スーパーは定価売りにこだわらないから、どのアイスも安売りしてくれている。よって正確な定価は分からない。百円でも十分にお買い得なのに、それより安いなんて。近所のスーパーありがとう。そして何より、センタンありがとう。嬉しいのでセンタンのホームページを貼っておきます。
http://www.hayashikazuji.co.jp/sentan/flash/homen.asp
何の力にもならないだろうけど、このお得感をひとりでも多くの方々に知って貰いたい。うん。
posted by ねこめ〜わく at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 甘味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

喪の仕事

喪の仕事

ストーリー   ビデオジャケット引用

陽介に突然、悲報が舞い込んだ。親友の望月がガンで死んだのだ。望月が残したメッセージは、ビデオの中で微笑む声にならない言葉と、謎の女性・弥生に贈るはずの未完成のキャンバス。それらは何を意味するのか。その謎を解くため陽介は弥生に近づく。調べていくうちに、誰も知らない¨真の望月¨が見えてきた。そこから望月を取り巻く若者たちの新たなドラマが始まる・・・。友人の死を通して、24歳の若者たちの心情的変化を現代タッチで描き、君塚 匠が若き才能を遺憾なく発揮した監督デビュー作。



(「悲報が舞い込んだ。」・・・「舞い込む」のって吉兆ってイメージがあるのですが、僕だけですかね。「現代タッチ」って言葉も最近聞きませんが、発売、1991年八月。15年前かぁ、古いはずだわ。)

その昔、アルゴプロジェクトというのがあって、
http://home.catv.ne.jp/hh/kcm/cinema/argo.htm
ここから生まれた映画は独創的で、作り方の丁寧なものが多かったのですが、
http://www.argopictures.jp/index.html
本作もこのアルゴプロジェクトの作品です。

本作はたくさんの要素を詰め込みすぎた感がある。親友の死、その後の仲間たち、陽介たちには見せなかった親友の側面、彼の彼女と真っ白なキャンバス、そこに深く踏み込んでしまう陽介と仲間たちとの距離。話の流れとしては、すべてチェーンで繋がっているはずが、繋がらない。語らない陽介とその分語る業を担わされた登場人物のおかげで酷くバランスが悪い。影絵のように陽介を浮かび上がらせたかったのかもしれない。

難しいことはナレーションに任せるのも一つの手であるし、大切なことはすべて語らなくちゃいけないってこともない。無論、語っちゃ駄目ってことでもない。映像を通して魅せてくれたらいいのだから。

しかし、この作品には作り手の主張を100パーセント伝えようとする不自然さがある。脚本も君塚匠氏によるものなのだが、台詞回しが臭い。素に引き戻される。

葬式、四十九日等の主人公たちの立ち位置も変で、親族に踏み込み過ぎている。リアルとして受けて止められる親族とそうでない陽介たち友人の対比を描きたかったのかもしれないが、親族を演じるベテラン勢が凄まじいので、陽介役の永瀬君が宙に浮いている。(正直、親族の役者さんたちを集めたら、質の良い八墓村ができると思う。)

何だかんだ文句を言いつつ、最後まで観ました。ケチョンケチョンに言いましたが、映画に対する愛は伝わってきます。作りも丁寧です。
posted by ねこめ〜わく at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月09日

映画書庫

いつのまにか物置が映画書庫になってしまった。この棚に注ぎ込んだ金で何が買えたのか?この映画を見た時間で何ができたのか?ふと、考えることがある。(順当にTVゲームに費やされるから今と変わらないんだけどね。可能性として。)

映画って凄いっていつ頃思ったのかは忘れてしまったけれど、始まりはスタンリー・キューブリックだったように思う。「時計じかけのオレンジ」に始まり、「2001年宇宙の旅」、「シャイニング」、「フルメタル・ジャケット」、遡って「非情の罠」、「現金に体を張れ」、「突撃」、「スパルタカス」、「ロリータ」、「博士の異常な愛情」、遺作「アイズ・ワイド・シャット」に至るまで、流通に流れている彼の作品はほとんど手に取った。映画における作家性に気付いたから。つまり、どのような作品であれ、彼の作品には彼の匂いがする。誰もが知っている巨匠なので語るのもおこがましいが、僕が彼の作品が素晴らしいと思うところは、思考の冷徹さ、優れた構成力。好奇心と邪気をもった宇宙人が人間社会を観察しているような視点を体感できる。

観尽くした後、別の際立った感性にも触れてみたいと思った。けれども、闇雲に手に取るのは時間が掛かりそうだったから、古本屋で購入した本『〔洋画〕ビデオで観たい ベスト150 著、淀川長治』を元に一つ一つ潰していくことにした。身近なレンタルビデオ屋に足しげく通い、お目当てのものを探した。正直、合わないものもあったけれど、とりあえず、千本ノックのつもりで、半分程度、観た。

そのうちに琴線に触れる作家が幾人か見つかった。



フランク・キャプラ、ビリー・ワイルダー、シドニー・ルメット、アルフレッド・ヒッチコック、ジャック・ベッケル、フェディリコ・フェリーニ、ジャン・リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、ルキノ・ヴィスコンティ、ロベルト・ロッセリーニ、エーリッヒ・フォン・シュトロハイム、フリッツ・ラング、アンドレイ・タフコフスキー、アレクセイ・ゲルマン、ロベール・ブレッソン、ルイス・ブニュエル、ヴェルナー・ヘルツォーク、ラス・メイヤー、ドゥシャン・マカヴェイエフ、アレハンドロ・ホドロフスキー、エミール・クストリッツァ、ハル・ハートリー、アッバス・キアロスタミ、モフセン・マフマルバフ、ヴィム・ヴェンダース、デレク・ジャーマン、マイケル・チミノ、サム・ペキンパー、クリント・イーストウッド、ブライアン・デ・パルマ、マーティン・スコセッシ、デヴィット・リンチ、ヤン・シュヴァンクマイエル、デヴィット・クローネンバーグ、ジョン・カーペンター、ニール・ジョーダン、コーエン兄弟、クエンティン・タランティーノ、キム・キドク、ジョニー・トー、ピーター・ジャクソン、フェルナンド・メイレレス、デヴィット・フィンチャー、ポール・トーマス・アンダーソン、ウェス・アンダーソン、トッド・ソロンズ、増村保造、黒沢清、三池崇史、平野勝之、石橋義正。(順不同)



本棚が、できた。

できれば、すべてのソフトがデジタル化して、大型図書館か何かに一切合財保存され、費用さえ払えば、簡単に貸し出されるような時代が来ることを望む。零れ落ちて無くなってしまうのが怖いから、買い集めるのだけれど、この金で何ができたのか?と小一時間。
posted by ねこめ〜わく at 22:09| Comment(4) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

HERO'S 2006の桜庭−スミルノヴァス戦を観て

HERO'S 2006の桜庭−スミルノヴァス戦を観て。

正直、桜庭を解放してやって欲しい。
彼は今まで良くやった。彼のメソッド、エンターテイメント性は並外れたものがあったし、これまで残してきた結果も素晴らしいものだ。彼が勝てなくなったのは、年齢的な問題もあるだろうが、誰もがトップである彼の研究をしたから。これだけでも格闘技界に貢献したといえる。

輝いていた頃はほとんど取り上げなかったテレビが、ジリ貧(日本人アイドル不在)になってから彼を担ぎ上げることに、怒りを感じる。

彼の側にいるはずのプロレス雑誌でさえ、彼の絶頂期をクローズアップできた訳ではないから(ネームバリューがある選手の凡戦の方が一面を飾っていたことが多い。)これのみをもってテレビを批判するのは不平等かもしれない。

 しかし、雑誌は選手を殺しかねないジャッジ放棄(トーナメント制で次の試合にもアイドルが必要だから判定を下さなかった。)まではしない。このままではいつか事故が起こる。早くTBSから放映権を取り上げた方がいい。

 桜庭さん、死なないで。なんとか生き抜いて。
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2006年08月05日

レッドブル

最近、テレビでコマーシャルをやっている「レッドブル」なる飲み物を買ってみました。あの「レッドブル、翼を授けるぅ〜」ってやつです。

色、黄色。
味、「オロナミンC」をチェリオ風にした感じ。甘くない「ライフガード」。
価格、コンビニで275円。

総評、缶には「現代人をチャージする。」みたいな感じのことが書いてありましたが、既存のもので事足りる感が。健康志向でもない、若者向けの味なのですが、若者はジュースに500mlペットボトルニ本分のお金を出さないだろう、と。コマーシャルが流れなくなれば、サスケのように消えるだろうから、物好きさんは今のうちに飲んでおかれるとよろしいかと。
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2006年08月03日

オススメ氷菓。

アイス好きなもので、夏になると特にコンビニに行く回数が増えてしまう。

一口にアイスと言ってものかなりの数のメーカーがひしめいて、ロッテ、グリコ、エスキモー、赤城、センタン、森永、明治エッセル、ロッテスノー(旧雪印)、セイカ、オハヨー、メイトー、と。思いつくだけで並べてみてもこの通り。思い浮かばなかったもの、僕の知らないものを含めればメジャーなところだけでこの倍の数はいくことと思う。

それに対して、コンビニのクーラーボックスには当然のように限度があり、一つのボックスに収納できるのはアイテム数で十から二十半ばってところ。一つのメーカーが一ブランドのみの生産を行なっている訳でも無いし、ブランドの中で種類もあるから、どれだけ大規模にアイスコーナーを作ろうとしたところで、上記のメーカーのコンプリートさえ難しい。誰もが知っている定番商品でさえすべて並べることができない。

自然とどのコンビニもラインナップに変化があり、面白い。コンビニに行く回数が増えてしまう。唯一、セブンイレブンは例外。プライベートブランドが多く、固有銘柄が多い。ちょいと値の張る高級志向。お高くとまりやがって。

最後にここ最近、美味しいと思ったアイスを紹介します。
高知アイス 「おいしんだもの ゆずシャーベット」・・・安いのに良いとこのホテルで出ても文句を言わない味。お得。量が多いから、ありがたみ薄く感じるけど。
ロッテスノー 「濃厚バニラ」・・・アイスミルクだから濃厚っていっても限度があるのですが、ミルクの美味しさを活かしつつ、バニラビーンズも使っているところが、○。お得感があります。

丸永製菓 「あいすまんじゅう」・・・井村屋も美味しいけど、小豆とそれを包むミルクのバランスが絶妙で、是非食べて頂きたい味です。
posted by ねこめ〜わく at 20:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 甘味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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