2006年05月22日

愛しのローズマリー

愛しのローズマリー   DVDあり

ストーリー 

父親の遺言を守り、外見の美しい女性ばかりを追いかけ続けていたハル。ある時、乗っていたエレベータが故障し、同乗していた高名な自己精神治療師に催眠術を掛けられる。内面の美しさしか見えなくなった彼はローズマリーに一目惚れすることになる。




映像化、筋書きの都合上、内面の美しさも外見で表現せねばならず、「結局は本人が美人(にみえるもの)を選んでるじゃんか!」と当然、突っ込みは入ることと思う。

しかし、放棄したり、眺め見したりせず、最後まで観て欲しい。

差別とは『対象をタブー視し、退けること』に他ならない。

「この映画は差別的だ!」と良識を持って遠ざけることは誰にもで出来る。でも、それは単なる思考の停止に過ぎない。

作品の中で酷いやけどを負った子供が出てくる。内面はすごく、美しい。

素に戻ったハルがどういった行為を行うか?見て欲しい。

特典映像の中にグウィネス・パルトロウが別人になるまでの特殊メイクの様子が収められている。その後、彼女が外を歩いた後のコメントが興味深い。

「誰もがこちらを見ることをタブーだ思っているみたい。無視されて寂しかった。」

なるほど、ちやほやされることが当然の容姿を持つ彼女にとって初めての体験だろう。

いや、しかし誰もが自分しか体験できないのだから、誰であれ他人の感覚を完全にトレースすること、他人の感覚に触れることは難しい。きっと、この経験が彼女の女優としての幅を広げることに繋がるのだろうと思う。

視覚は非常に強力な判断基準だけれど、それが全てではない。ありのままを受け止めること、当たり前に扱うことこそ必要なのだと思う。それはマイノリティの仕事ではなく、他ならぬメジャー、つまり映画を観ている僕たちの仕事。

僕らと同じようにマイノリティが自身をネタにすることもあるだろう。それを認めないのは区別じゃなく差別だ。健常者同士だって対話して距離感を掴むのものだし。




そういえば、シャーリーズ・セロンが映画「モンスター」の中で、ナマハゲのような容姿の殺人鬼役をやっていた(体重は増やしたが、当然、特殊メイクで)。全く違う人相だったので、「彼女が演じる必要ないじゃない?」と思ったものだが、それは大切なステップだった。彼女は「モンスター」でアカデミー主演女優賞を取った。

当人と掛け離れた役だから(演技力を問われると考えられ易そうだから)ってことでもないみたい。

実際に殺人鬼が通っていた店のバーテンが「びっくりするくらい似ていた」というから。
posted by ねこめ〜わく at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/18218466

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。