2006年08月13日

喪の仕事

喪の仕事

ストーリー   ビデオジャケット引用

陽介に突然、悲報が舞い込んだ。親友の望月がガンで死んだのだ。望月が残したメッセージは、ビデオの中で微笑む声にならない言葉と、謎の女性・弥生に贈るはずの未完成のキャンバス。それらは何を意味するのか。その謎を解くため陽介は弥生に近づく。調べていくうちに、誰も知らない¨真の望月¨が見えてきた。そこから望月を取り巻く若者たちの新たなドラマが始まる・・・。友人の死を通して、24歳の若者たちの心情的変化を現代タッチで描き、君塚 匠が若き才能を遺憾なく発揮した監督デビュー作。



(「悲報が舞い込んだ。」・・・「舞い込む」のって吉兆ってイメージがあるのですが、僕だけですかね。「現代タッチ」って言葉も最近聞きませんが、発売、1991年八月。15年前かぁ、古いはずだわ。)

その昔、アルゴプロジェクトというのがあって、
http://home.catv.ne.jp/hh/kcm/cinema/argo.htm
ここから生まれた映画は独創的で、作り方の丁寧なものが多かったのですが、
http://www.argopictures.jp/index.html
本作もこのアルゴプロジェクトの作品です。

本作はたくさんの要素を詰め込みすぎた感がある。親友の死、その後の仲間たち、陽介たちには見せなかった親友の側面、彼の彼女と真っ白なキャンバス、そこに深く踏み込んでしまう陽介と仲間たちとの距離。話の流れとしては、すべてチェーンで繋がっているはずが、繋がらない。語らない陽介とその分語る業を担わされた登場人物のおかげで酷くバランスが悪い。影絵のように陽介を浮かび上がらせたかったのかもしれない。

難しいことはナレーションに任せるのも一つの手であるし、大切なことはすべて語らなくちゃいけないってこともない。無論、語っちゃ駄目ってことでもない。映像を通して魅せてくれたらいいのだから。

しかし、この作品には作り手の主張を100パーセント伝えようとする不自然さがある。脚本も君塚匠氏によるものなのだが、台詞回しが臭い。素に引き戻される。

葬式、四十九日等の主人公たちの立ち位置も変で、親族に踏み込み過ぎている。リアルとして受けて止められる親族とそうでない陽介たち友人の対比を描きたかったのかもしれないが、親族を演じるベテラン勢が凄まじいので、陽介役の永瀬君が宙に浮いている。(正直、親族の役者さんたちを集めたら、質の良い八墓村ができると思う。)

何だかんだ文句を言いつつ、最後まで観ました。ケチョンケチョンに言いましたが、映画に対する愛は伝わってきます。作りも丁寧です。
posted by ねこめ〜わく at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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