2006年08月17日

俺流、かっこわるい。

 俺流、かっこわるい。

 このところ、周りの迷惑を顧みない人がテレビに取り上げられるケースが多いように思われる。具体的に観た放送を書くと、NHK、クローズアップ現代の八月一日放送「崩壊?日本人のモラル」。

 高速道路の料金所を料金を払わずに突破する車。コンビニや道の駅のゴミ箱に捨てられる大量の家庭ゴミ。図書館では本の無断持ち出しや切り抜きが相次ぐ。思わず首をかしげたくなるようなことが私たちの身の回りで日常的に起きている。各地の自治体は、監視カメラの設置やパトロール強化など対策に追われるが、効果はあまり上がらないうえ、コストは税金で賄われるため結局ツケは住民全体に回っている。「私」より「公」を優先させることが美徳とされてきた日本人のモラルに何が起きているのか。現場からのリポートとともに、スタジオにふたりの識者を招き、その背景を読み解いていく。(NO.2278)


 それと、違う局のワイドショー。公共の河川敷で打ちっ放しをするゴルファー。別の日に、深夜まで花火を上げてお祭り騒ぎな人たち。


 迷惑行為の実数がどれだけのものか?はよく分からないけれど、暑い夏が更に鬱陶しくなるので「そういう人は早く改心して、テレビに映らないで」と切に願う。

 とはいえ、多く場合、リポーターに指摘されても大部分が開き直り、中には逆ギレする猛者も少なからず居るようなので、実行力のある施策でしか解決されないかもしれない。

 即効性があるのは、条例を作って破った者に罰金を科すことだろう。迷惑のかけ逃げを長期的に見過ごしてしまうと、社会全体のモラル低下も心配になる。「迷惑かけて生きた方が楽じゃん。」なんて原始に還りたがる輩を不要に生み出さない為にも、早々に手を打たなくてはならないだろう。財政も限りがあるのだから、迷惑掛けた人間からぶん取るが一番合理的。

 ただ、ここで気がかりなことは、法のみの解決に安寧してしまわないか?ということ。法には拘束力がある。だから、必要最低限でなければならない。なんでもかんでも法に頼ると、何かの間違いをした、または、したと受け取られた時、すぐに罰金、刑務所となる。鋼球でキャッチボールをするようなものだ。いずれ怪我をする。

 人間は社会的な生き物なので、たくさんの人間と分業を図らなくては、人間的生活を維持できない。必然的に、込み入ったコミュニケーションが生まれる。それには共通の認識が必要になる。法も大切だけれど、それ以外の何かも。前段落でキャッチボールという例えを遣ったけれど、硬い芯を柔らかく包み込むゴムのようなものがなければ、怖くて、相手に飛ばせない。飛ばしちゃ駄目ですよぉ。

 そういった最低限のみの不自由を被らない為のコーティングが道徳であったり、倫理であったり、公共心であったりする。役割から柔軟性に富んだものだから、一様に説明するのが難しいのだけれど、必要ないなんて、絶対いえない。

 さりとて、ウチは公共心で行きましょう!と何処かで決まったとしても、一朝一夕にはいかない。コミュニティー単位の普段の一手間によって作り上げられていくものだから。時間が掛かる。


 ちょっと前に、ウェブにて「亀田パパとやくみつるの討論」を観た。挑発的な格好をして道徳を説く、やくみつるは訴え方が間違っていたけど、亀田パパの「嫌いなヤツは観んでいいねん。」には閉口した。『それならペイビューでやってよ。』と。テレビは許認可制で、狭き門。あの大ブーイングが飛んだ試合で流された番組が確実にあるのだから。(ただ、この試合についての一番の責任は、許認可貰っているにもかかわらずポンスケな、TBSにある。使うのならばフォローせねば。)

 討論で亀田パパがよく使っていた言葉が「俺流」なのだけれど、この言葉が一連の迷惑な人を表すキーワードのような気がする。(ガッツさんの愛に溢れる言葉さえ退けるなんて。)「道徳はいらない。俺が(自分に都合よく)律すれば問題なし。」では、何処かで大きく頭をぶつける。それぞれに限度はあるのだろうけど、そんなローカルルールに誰もが乗っかってくれる訳も無い。

 社会が彼らを弾き出す前に、気付いてくれたらいいのにな、と。
posted by ねこめ〜わく at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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