2007年09月25日

信念が世界を変えた〜背面跳び フォスベリー〜

NHKのBSで放送されたスポーツ大陸を見た。

信念が世界を変えた〜背面跳び フォスベリー〜


多分、誰だって中学や高校で走り幅跳びって経験あると思うんだけど。


はさみ飛び、ベリーロール、背面飛び。

なんか別の競技みたいに思えたことなかったっスか?

妙にはさみ飛びだけが得意な奴とか居たりして。



背面飛びを編み出したフォスベリーも最初はさはみ飛びしか出来ない奴だった。

番組の途中にいくつか当時の彼を知る人のインタビューが入るんだけれど。




いかに彼が不器用な子であったかに終始した感が。。。





友人が他の友人と賭けをする話

フォスベリーが部屋に入る前に部屋中に缶などを散らばらせて置いて、彼が出て行くまでに幾ら倒れるか賭けた、と。

ご多分に漏れずキチンと倒していった、と。







実の親のインタビューもあったんだけど、

「色々試したけれど、どのスポーツも駄目で残ったのが高飛びであった。」と





泣かせるぜ。。フォスベリー。





そんな彼ははさみ飛びからフォームを変えないで高校も高飛びをし続けるのだけれど、その当時の主流であったベリーロールの記録からは遠く及ばない。

力学的に姿勢を立てたままのはさみ飛びは、状態を寝かせたベリーロールより効率が悪い。


更に追い討ちをかけるかのように、見込みのある新人が入ってくる。

コーチから三段跳びへの変更を勧められる。











高飛びだけは辞めたくない。






追い詰められたフォスベリーの悪戦苦闘が始まる。









バーを越える為には、バーよりも腰を浮かさなくてはならない。

あるとき、それは偶然に生まれた。

腰を浮かすと上半身が水平になった。

背面飛びの誕生である。







それは誰もが見たことの無い飛び方だった。











彼はその後も試行錯誤を重ねた。

助走の付け方、走り込む角度。

誰も試したことの無い飛び方だから、先生なんかいやしなかった。

タイム誌は「これまでに考案された中で最もこっけいな跳び方」と評した。








それは想像を絶する孤独な戦いだったに違いない。
















1968年、メキシコ五輪

彼の努力が実を結ぶ。




2m24cm 

オリンピック記録を塗り替えての

金メダル







現役を引退した今も、彼は時間を作って地元の高飛び選手の指導に当たっている。


この飛び方で世界が変わると思いましたか?

ある現役選手が尋ねた。










いや、そんなこと、考えていなかった

とにかく

高飛びを続けたかったんだ。






くぅ〜、泣かす。
posted by ねこめ〜わく at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/57056868

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。