2006年06月30日

拭えない脳内価格

 拭えない脳内価格

 最近、ウチの近所に美味しい中華料理屋が出来た。オープニング期間中、持ち帰り用の点心を3割引で販売していた。味は格別、価格は庶民的とあって、十人前、二十人前注文していく客も珍しくなかった。かく云う僕も大量に買い込んだ一人で、冷凍庫を点心で埋め尽くし、家族から生暖かい目で見られた。

 「父さん、あそこに点心を主食にする珍しい生き物がいるよ。」

 結局、おまいらも食べるくせに、くせに、くせに。
「檻の中からアンタらを笑ってやるぜ」ってちょっと思った。

 怖いから口に出さなかったけどさ。


 二週間後、点心の特別価格は通常に戻り、以前ほどの活況は無くなった。またいつかセールが始まったら、再び買い込もうと決意していた珍獣はその後、中華料理屋に行くことが無かった。今の今まで。

 二ヶ月ほどたった頃、点心の特別価格がまた戻ってきた。ウキウキ気分でレジ脇に置かれているクーラーから点心を抱え込み、精算を済ませる。が、一つ疑問が浮かんだ。セールの終了日はいつなのだろうか?店主に尋ねてみた。
「今度のセールはいつまでですか?」
「まだ、決まっていないんです。」
 店主の表情は硬い。

 気の毒になったので、点心を預かってもらい、定食を食べることにした。



 以前、某巨大ハンバーガーチェーンが一個60円辺りでハンバーガーを売り出したことがあった。売上は伸びたけど、無理が祟って、値段は逆戻り。残されたのは、コスト削減の為行われた製造時間の短縮、工程の見直し、焼きの入っていないバンズにパティ、そしてそれを食べた客の記憶。つい最近、食べたモーニングのベーコンもべちゃべちゃだった。多分、一括で蒸しちゃったんだろうな。いまだ改善はなされていない。高くて一個200円程度に目くじら立てる客は少ないだろうけど、その程度のモノと認識されては、波が引くように売上が落ちる。トップ企業がぶち壊す業界のイメージ。悲しい話だ。

 ごめんなさい。少し感傷的になってしまいました。

 けれど、変化する物事の中で、変わらないものもある。例えば前段で書いたハンバーガーの価格に対する記憶。それはある時60円でペイしたモノであり、多分、現在も原価がそれを割り込まない。そんなことが頭に刷り込まれた。

 価格とは需要と供給で成立するものだが、他方、購買者と販売者の信義則でもある。購入者が商品の製造ノウハウについて知っていることは少ない。仮に知っていたとしても、一から作り出すほどの知識、コネクションはまず無い。だから、商品の価格に対する各費用の内訳についても、よっぽどその業界で勉強しない限り、知りうることができない。つまり、コストについては販売者に下駄を預けている状態である。

 当然、商品がバランスを崩した高値に設定された場合、購入されないのであるが、同類の商品が無かった、もしくは同様の金額帯に設定されていた場合、消費者は疑う余地も無くその商品を手に取る。信ずる他無い。そして、信じている。

 何故、信じていると確信するのか?それは確たる価格帯が存在しないモノにまで、言い値が存在し、それが揺るがないことに由来する。最近は揺らぎつつあるが、冠婚葬祭を考えてみればよい。葬儀にかかる費用は膨大過ぎないかい?一度買えば使い回しの利く葬式セット、人件費としては高すぎる読経代、ぐるりを取り囲む菊の花、一台1万円。宗教観さえ蚊帳の外においてしまえば、こう口にすることだろう。

 ふざけている。

 これが文化に根ざさないものであっても、結果は同じ。うどんに較べて、何故にパスタは値が張るの?お好み焼きに較べてピザはどうして?もとは同じ粉モンじゃない?(こういう歪みはゆっくりと是正されるものだから、10年前に較べたら随分マシなのだけれど)

 結局のところ、現在あるモノの価格は多くの人々に支持され存在している。つまり、みんなが信じている。

 逆のことを考えてみる。仮に、この価格を、販売者が自身の都合に合わせて、次々と変えていったとしたらどうなるだろう?これも始めに例えで使ったハンバーガーチェーンが実践している。

 答え・・・適正価格があるのに、誰も信じない。


 価格は信義則である。だからこそ、価格設定は慎重に行なわれなくてはならない。モノが売れない時代だからこそ、価格が持つ信義は重たさを増す。価格のみによる競争はいずれ、自らの首を絞める。そして、大抵の人間が思いつく戦略は、その状況で一番有利な者によって既に実践されているのだ。勝ち目が無い。

 もし価格で勝負するのであれば、直接、価格化しないことが重要であろう。セットによるオマケ(ペットボトルについてくるフィギュア)、増量(ex五個買ったら一つタダで付いてくる)、スタンプによるインセンティブ等、数値化しにくいところで、恩に着せないと、後々ツライことになる。


 DVD690円。価格だけみたら非常に嬉しいことなのだけど、これが足枷となるたくさんの事象のことを考えてみると、素直に喜べない。本日見た映画が、要は本上映で経費を回収できなかった、(お上品に云って)ウンチであったことから、長々と恨み言を書いてみた。
posted by ねこめ〜わく at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月17日

高速の降り口に烏が一羽、立っていた。
ちょうど道路の真ん中で何かをついばんでいた。
車のスピードを緩めよく見ると、それは横たわった別の烏だった。
全く動かない。すでに亡くなっているようだ。
介抱している烏がこちらに気付き飛び去った。

烏は車が危険なことは充分に判っている。
この車が通り過ぎたあと、あの烏はここに戻るのだろうか?
posted by ねこめ〜わく at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月16日

スズメバチ

スズメバチ

前回の記事にこの作品に後ろ向きなこと書いておきながら、説明が無かったので書き足し。

話の流れは大筋で要塞警察と変わらない。

ストーリー
若い窃盗団が巨大倉庫を襲撃。警備員を締め上げ、首尾よくことをすますも、そこにの護送車がやってくる。アルバニア・マフィアの最高幹部アベディンを護送中に奇襲に遭い、逃げ込んできたのだ。窃盗団とラボリ中尉率いる特殊警察部隊が鉢合わせることになるが、共にアベディン救出部隊に囲まれて袋のねずみ。外からは差し込む鉛の雨。

不満なところ

@閉じ込められてからが話の肝なのに、前置きが長すぎる
誰が言ったのか忘れましたが映画評論家の名言。「ジャンルモノ、傑作の前置きは15分以内。」趣旨と離れたところでモタモタする作品は本題も間延びするものです。もちろん、例外もありますが。

Aそれだけ長く前置きに時間を使っていながら必然性にかける。『本来なら相容れない勢力が外敵を追っ払う為に協力する』はずが、窃盗団がお荷物。アウトローといっても訓練を受けた軍隊ではないから「しょうがない。」と言えばそれまでですが、力関係が極端なので、内部に対立が起こっても緊迫感無し。

Bフランス人特有のメンタリティ、内輪の人権意識。アベディンは麻薬、人身売買の大元であったにもかかわらず、主人公側のキャラが問題視するのはアベディンが個人的に行った強姦だけ。一つの涙に憤慨するなら千の涙にも憤慨しろよ、と。敵は非フランス人、描かれ方が爬虫類。

C突っ込みどころ多し。一番の突っ込みどころはアベディン救出部隊の無差別発砲。救出する前にジャストミートしたらどうすんの?


と、文句ばかりを書きましたが、ジャンルモノとして捉えず、窃盗団はお笑い兼ヒューマニティー担当と認識し、リュック・ベッソンの*「ヤマカシ」を笑って許せる心の広さを持ち、「無関心、もしくは非寛容にならざるを得ない色んな国内問題があるんだろうなぁ」と思いを馳せ、整合性の無さを逐一独自の理論で修正できる回路、もしくは「映画そのものがフィクション」、「追求するなんて無粋」と切って捨てられる大竹を叩き割ったような性格を持った方にお薦めです。



*ヤマカシ(ストリートパフォーマンス集団ヤマカシの真似をして子供が重症、手術代の為を捻出する為ヤマカシはその身体能力を窃盗に使う。)



良かった所
@弾薬の数が半端じゃない。
A銃、かっこいい。
B敵をゾンピを捉えてみれば、うじゃうじゃ出てきて、うれしい。
Cスズメバチって題の元になるクライマックスの戦い、イケイケ。

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posted by ねこめ〜わく at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

柳生七番勝負

「柳生七番勝負」が面白過ぎる件。
http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/

今回は映画の話ではありません。NHKで放送中の「柳生七番勝負」があまりに素敵なので紹介いたします。

原作は津本陽さんの「柳生十兵衛七番勝負」です。
ドラマ版は前作もあって、それはDVDになっています。
今回の放送は好評につき続編ってことでしょう。嬉しい限りです。

演技力が微妙で、背景に浮いてしまうアイドル等は一切出てこず、眼力で演技できてしまうような、渋いおっさんどもが火花を散らします。話の骨組みと演技力だけで見せる。まさに昔の時代劇ファンの為に作られたような作品なのです。(オヤジスキーな婦女子にも人気があるかもしれません。)

幕府の安泰の為ならあらゆる非道もよしとする父、宗矩を夏八木勲。苦虫を噛み潰したような表情が「悪者かくあれり」です。己が為でなく、理念の為であるところが、たちが悪い。・・・カッコイイ。

幕府の権威失墜を狙う朝廷側の公家、業平を杉本哲太。真っ直ぐで熱血な高校教師役がイメージが強い彼ですが、この作品では突き抜けた(エキセントリック?な)演技で存在感を発揮します。ざらつく関西弁と甲高い「ホホホ」笑いが耳から離れません。

朝廷の陰謀に加担する、けれど小物な老中に布施明。僕はこの人を「シクラメンの花」で有名な歌手さんとばかり思っていましたが、数年前に人の内面を表現するのがとっても上手な俳優さんであることを知りました。映画「ラジオの時間」を観たのですが、そこでの信念無きプロデューサー役はまさにハマリ役。他に該当者見当たらずといった感じでした。「ラジオの時間」もお薦めの映画です。

毎度、毎度の切られ役(古畑任三郎でいう犯人)は能力があるが故に、周りから慕われ、頼られて、ついには、しがらみに捉われてしまった善人です。良い奴らばっかりなんだ。。
「なんでだよ!おまいは十分頑張ったよ。楽になっても誰も責めない。だから、自分のことも考えろよぉ!!」

その善人を任務の為に私情を切り捨てて、切らねばならない十兵衛に村上弘明。うずまく父への疑念。苦悩する表情、切ると決めた時の鬼の顔、格好良過ぎ。

対照的にライバル、荒木又右衛門役の高嶋政宏は常に腹に一物ある表情を崩しません。的(男)に忍び寄り、甘言を囁き、人生を狂わせる様から、僕にはどうも「同性を狙っている悪男」見えるのですが。


是非是非、お薦め。

posted by ねこめ〜わく at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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