2006年06月17日

STAY (ステイ)

 STAY  (ステイ)

 さながらミュージック・クリップみたいな映画です。シーンの切り替えがカットによって別の場所に移る訳でなく、一つのつながりとして流れていきます。例えば「サムとヘンリーの診察室での会話が終了すると、その窓がズームになり、そこから見える並木道でサムとライラが会話している。」といったふう。そのような展開が続くので、好き嫌いが分かれる映画だと思います。例えるなら、なかなか途切れない文章のようなもの。

ただ、好きか嫌いかは別にして、合理的と思えないその手法を選んだ作り手の意図は理解できるので、最後まで席を立たなければ一定の納得は得られるかと思います。

 ストーリー   goo映画引用

 精神科医サム・フォスター(ユアン・マクレガー)は、謎めいた若い患者ヘンリー・レサム(ライアン・ゴズリング)を前任のセラピストから引き継いだ。ヘンリーはサムに、三日後の真夜中に自殺すると予告する。サムには同棲中のガールフレンド、ライラ(ナオミ・ワッツ)がいるが、彼女は精神的に不安定だった。サムは結婚指輪をいつでも渡せるように準備しているのだが、なかなか渡せないでいる。その指輪に興味を示すヘンリー。また、ライラは自分と同様に自殺願望のあるヘンリーが気になり始める…。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8843/index.html?flash=1






 個人的には、救う対象であるヘンリーが嫌な奴で、愛嬌が感じられず、導入部では「勝手にすれば?」としか思えない所が残念でした。

 また、サム役のユアン・マクレガーが太って普通のアンちゃんになっていたのも残念です。「トレイン・スポッティング」の頃は格好良かったんだけどなぁ。

 文句は言いつつも、映画の料金分は楽しめました。

 飽きたとしてもこの映画に関しては最後まで観てください。オチまで観ないと料金は回収できません。「映像が綺麗」くらいにしか記憶に残らないことでしょう。

 この映画の監督、マーク・フォースターは他にも2本の映画を監督し、1本の製作に携わっています。監督の方の評価も高いですが(「ネバーランド」・「チョコレート」)、製作の方ではチンピラ役が似合うジョン・レグイザモを主演に青春ロマンスを作っていて、とても心惹かれるところです。題名「スウェー★ニョ」。
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2006年06月16日

刑事マディガン

刑事マディガン

ストーリー  DVDジャケット引用

ニューヨーク市警のベテラン刑事マディガン(リチャード・ウィドマーク)と相棒のボナロ(ハリー・ガーディノ)は、ギャングのバーニー・ベネッシュ(スティーヴ・イーナット)を追っていたが、不意をつかれ、逃亡を許した上に拳銃を奪われてしまう。やがて二人は、ベネッシュに女をあてがっているチンピラとの接触に成功。ベネッシュへの手がかりを掴むが、その矢先、マディガンの拳銃を使用した殺人事件が発生する。一方、マディガンたちを指揮する警視総監ラッセル(ヘンリー・フォンダ)は旧友の主任警部チャーリー(ジェームズ・ホィットモア)の汚職事件が発覚したことで頭を悩ませていた・・・。




マディガンの捜査は荒っぽく、その後、同監督(ドン・シーゲル)が作る「ダーティーハリー」を彷彿させます。ウィドマークの悪人顔は観ていて飽きません。白黒で判断できない微妙な立ち位置にはぴったりです。

「ダーティハリー」ほどの厭世感はありませんが、ハードボイルド仕様です。お金もかかっていないので、ダーティハリーと較べるのは酷ですが、良く出来ています。

全編通してバタ臭いバックミュージックが流れます。昔やっていた深夜枠の米ドラマ風で、お好きな人にはたまりません。

面白かったのですが、このDVDの仕様には不満があります。始めのスタッフロールで気付いたのですが、画面の右、五分の一が削られて、映っていません。

必然的に、字幕は右に寄っているし、登場人物もどうも画面右に寄って会話をします。遠回しのシーンはまだマシなのですが、ウエストショット(頭から腰辺りまでいっぺんに画面に映すこと)になった時、登場人物の立ち位置が安定せず、その度に気が削がれます。

もともとの仕様がどうであったか?は分かりませんが、発売側は売るかぎり誠実であって欲しいものです。このDVDはユニバーサルさんの。
posted by ねこめ〜わく at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

インサイド・マン

インサイド・マン   劇場にて

ストーリー goo映画引用
白昼のマンハッタン信託銀行で強盗事件が発生。頭脳明晰な犯人グループのリーダー・ダルトンは、50人の人質全員に自分たちと同じ服を着せる陽動作戦に出る。人質と犯人の見分けがつかない以上、突入は不可能。犯人グループから“型通り”の要求はあったものの、現場は膠着状態に。指揮を執る敏腕捜査官フレイジャーも、まったく焦りを見せないダルトンの真意をはかりかねていた。そんな中、銀行の会長から“特別”な依頼を受けた女弁護士が現場に現れる。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8886/index.html?flash=1



映画の枠は2時間ですが、小品です。良くいえば渋め、悪くいえば地味。あざとい展開、過激な描写、大きな爆発はありません。

また、すべての登場人物の行動がスマートで、執着、葛藤のようなドロドロした内面は深く描いていない為、動機第一、燃える展開大好きっ子には素っ気無く映るかもしれません。


逆にサッパリした作りである分、会話の面白さは伝わってきます。

ウィットの利いた提案、シニカルな返答、多彩な人種ネタに、登場人物の立ち位置による意見の相異等。

普段、目の当たりすることの無い生活を体感することも映画の醍醐味でなので、自身でジャンル決めせず鑑賞するなら、楽しめることと思います。

交渉の中で、警察側が犯人から出されたクイズを答えねばならないシーンがあるのですが、このクイズがあまりに良く出来ていたので、警察側が一瞬、事件を脇に置いて考え合うところなど、思わずニヤリとしてしまいました。


監督のスパイク・リーはメッセージ性の強い作風で知られています。しかし、この作品ついては娯楽性が高く、敷居が低いので、彼の作品の入門として観てみるのもよいかもしれません。

もちろん、彼のカラーが全く反映されていない訳ではありませんし、彼の良さである無駄の無い編集も活かされています。
posted by ねこめ〜わく at 18:43| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月14日

ポリー・マグーお前は誰だ?

ポリー・マグーお前は誰だ?

 
ストーリー   DVDジャケット引用

 1960年代、時代の最先端をゆくパリ、モード界、未来的なモードを集めたファッション・ショーで、ひとりのモデルに注目が集まった。彼女の名はポリー・マグー。
 またたく間に時代の寵児となってゆく彼女に、テレビのドキュメンタリー番組「お前は誰だ?」の敏腕ディレクターが迫る。一方、ボロジナ国の王子イゴールはポリーの写真を見て一目惚れしてしまい・・・。
 モード・カメラマンとして「VOGUE」誌などで活躍していたウィリアム・クライン初監督作。
 ひとりのモデル(当時のモード界で実際に活躍していたドロシー・マクゴーワンが扮する)を通して時代を切り取ったキッチュ&ポップな快作!




 まず驚かされるのは、この映画が白黒とは思えない映像の華やかさを持っていること。カラー作品でも無いのに、とても賑やかで、今でもテレビコマーシャルやミュージック・クリップに使えそうな映像です。

 監督ウィリアム・クラインはカメラマンであり、画家、そして映画監督と、カテゴライズしにくいクリエーターです。この作品を撮った当時としては相当異端だったんじゃないか?と推察します。

 作品は、とぼけた展開と、遊び心溢れる映像で退屈する暇の無い作品に仕上がっています。

 テレビ、ファッション業界が作り上げるポリーとポリー本人との間のズレが感じられ、ポリーに恋するディレクターと王子さまも彼女の何に恋をしたのかわからないところが面白い。恋する二人の男はそれぞれに都合の良い展開を妄想します。 

ヒロインのドロシー・マクゴーワンは「若くて角ばっていない梨花」といった感じです。かわいい女の子なのですが、イメージ壊れたらごめんなさい。
posted by ねこめ〜わく at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月13日

ピクニック at ハンギングロック

 ピクニック at ハンギングロック   

 かぐや姫が遠くへ行ってしまうのは、彼女がこの世に不釣合いなほど美しいから。永遠なんて存在しない。すべてのモノは時と共にうつろう。それが必定。けれど、人だけが、ここには無い永遠を知ってしまった。届かないと知りながら手を伸ばす。

 少女が一番美しい頃、自身の死について思いを巡らすのは、その神聖ゆえなのだろうか?


 
ストーリー   DVDジャケット引用

 1900年セント・ヴァレンタイン・デー。オーストラリアにある名門寄宿舎制女子学校の生徒たちが、女教師に引率されて郊外の岩山ハンギング・ロックへピクニックへと出かけた。昼下がり、その中の数人が火山の隆起で出来上がった岩山の探索に出掛けたが、彼女たちと、ひとりの女教師が忽然と姿を消してしまうのだった―――。やがて、その中のひとりだけが傷だらけとなって発見されたが、彼女は他の生徒たちのことも教師の行方のことも何ひとつ覚えていなかった・・・。




 ストーリー前の煽りで書き終えた感があるのですが、素っ気無いのでもう少し。

 ヒロインの少女ミランダは作中、ボッティチェリの天使と評されるだけあり、大層美しい。それもそのような少女の十代に、ひとときだけ現れる神秘的な美しさです。それを観るだけで十分価値がある。映像も中世の絵画の世界そのもので楽しめることでしょう。

「櫻の園」、「乙女の祈り」、「ヴァージン・スーサイズ」等が好きな人にもオススメできるかもしれません。
posted by ねこめ〜わく at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

そして僕は恋をする

 そして僕は恋をする   DVDあり

 監督、アルノー・デプレシャン。

 ストーリー   DVDジャケット引用
 パリの大学講師、ポール・デダリュス、29歳。
日々をなんとなくやり過ごす彼には、十年来のつき合いになる恋人エステルがいる。美しく聡明なシルヴィアとも2年前に恋に落ちるが、でもシルヴィアは親友の彼女。
そうこうしているうちに3人目の女ヴァレリーも現れ、ポールの恋の悩みは増すばかり……。
30歳を目前にひかえて、人生を直視しようとしながら、なかなかそうもいかない優柔不断。
それに加えて3人の女たちとの恋に、友人たちとのつき合いもある……そんなパリのサンジェルマン・デ・プレあたりの青春・恋愛事情を、まるごと詰め込んだ等身大のラヴ・ストーリー。



 概して理屈っぽいのは男の方で、そういうのは「だから何?」って女の言葉に一蹴されちゃったりするんだけど、逆に、割れるほど頭を悩ませて出した答えも、問いかけた女にすれば「なに一般論、語ってんのよ。ちゃんと私見て!」だったりして、腑に落ちず、けれども「もっと手っ取り早く言ってくれよ!」とかは口に出せないんだけどさ。

 でも、仮に女が伝えたいことを言葉にしたとしても「アンタ!それがどれくらい切実なものか解る?」って言われたら、けっこう不安でね。「だから、そうやってサリバン先生のように思い切ったことするんですね。」なんて思いながら、心のどこかで「単に性悪なだけじゃないの?」って疑問も拭い切れない。

 自身の行動の不条理さに考えるのが面倒臭くなることも、自分がマゾなんじゃないかと思うくらい落ち込むこともあるけれど、谷を味わうのは高みの幸せを知ったからだし、影響しあうくらい近くにいるなら、自分に何かが混入する痛みもまた当然のこと。きっと相手も同じ痛みを持っている。

 ・・・はずなのだが、これがまた、弱みは見せず、いきなりの行動に移るものだから信じられない。「多分、相手としては『いろいろなサイン送ったけど、気付かなかったじゃない!』ってことになるのだろう。」なんて冷静になる前にライナーで飛んでくる茶碗や侮蔑。

 心身に傷をこさえながら、それでも僕らは恋をする。相手の行動を自身の思考で推し量らないで済む時がいつか、やってくるのだろうか?
posted by ねこめ〜わく at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

グッドナイト・グッドラック

 グッドナイト・グッドラック  劇場にて


ストーリー   公式ホームページ引用

 1953年、自由の国アメリカで、国民の、そして報道の自由が死のうとしていた。米ソ冷戦下、マッカーシー上院議員率いる委員会は、国内の共産主義者を根絶やしにしようと躍起になっていた。彼らは、政府から軍部、そしてハリウッドまで、根拠の有無に関わらず、共産主義者みなした者を次々に告発。数千人が地位や職を追われ、自由を守るために友人や家族を密告する者もいた。
 報復を恐れるマスコミが見て見ぬふりをする中、大手テレビ局CBSの人気キャスター、エド・マロー(デヴィット・ストラザーン)は、議員の虚偽と策謀の事実を番組内で報じることに踏みきる。だが、最初の放送を送った彼らには、政府による圧力や罠、そして信じていた会社からの孤立が待ち受けていた・・・。



 書いているうちにネタバレになってしまいました。本編が気になる人は読まないで下さい。お願いします。


 彼が司会を務める[See it now]という報道番組で、デトロイトに住むミロ・ラドビッチ空軍中尉が解雇されたというニュースが流れる。理由は父親が共産新聞を読んだから。舞台はマッカーシズムが吹き荒れる五十年代のアメリカ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0

 マッカーシズムの土壌はその頃、アメリカを覆っていた共産化への恐怖感だった。ソ連が核の開発に成功したことで、アメリカの核の独占は崩れ、周辺国が共産化したこともあり、核に関する機密情報がスパイを通じてソ連へと流出したのではないか?との疑念が湧き起こっていた。行き過ぎた恐怖感がアメリカを支配していた。


 映画内でマッカーシーが議長を務める聴聞会の模様が写る。もちろん、共産主義者と疑われた人間が被告なのだが、弁明も許されず、弁護人も発言を許されない。一方的な魔女裁判に見える。証拠は証言のみで、証言者の出廷はなく、その証言内容も明かされない。だから、その真偽も確認することはできない。その後、所用でマッカーシーは退室する。交代して議長を務めた人物が「これでは議会が納得しない」とマッカーシー側の主張を退ける。


 マローは放送の中で、このようなことを口にする。「彼ら(マッカーシーたち)はその恐怖心を利用しただけ。」つまり、国民自身が作り上げたものだと。また、マローはこのようなことも口にする(うろ覚えだが、だいたいこんな感じ)。「何かに反対したからといって、そのことが即、敵対行為とはいえない。罰するのであればそれ相応の証拠が必要であり、理由無き迫害はありえない。知識と教養を持って対処すべき。知識を持ち、それを周囲に伝えていくことで、この漠然とした不安をなくしましょう。」と。


 その後、マローの務める番組にマッカーシー自身が反論を提供する。しかし、語るに落ちるとはこのことで、自由を守るためと口にするマッカーシー自身が、同調しない人を共産主義者とみなす形となった。最後に、マローに向かって「家に帰れないようになるぞ」と、脅しとも取れる発言をする。


 エド・マローの番組がきっかけとなり、マッカーシーは失脚する。


 映画の冒頭(しかし、時系列で言えば最後の部分)のスピーチで、エド・マローはこんな発言をする。『裕福な人間は自身の優位性に不安をもたらす情報を拒絶する。しかし、報道とは社会のあるべき姿をありのままに示すことである。利益追求を排除しない限り報道は娯楽と認識される。スポンサー、視聴者は報道の最後を看取ることになる。』


 まったくその通り。


 


 マスメディアの力は取捨選択にある。マッカーシーが議会・委員会で好き勝手に喋ったことが、マローの番組でコンパクトに纏められ、マッカーシーの危険性を世に知らしめた。マッカーシーの強引な手法はテレビメディアの台頭の前では、軽率であったことだろう。


 マローは他の戦わないマスメディアを尻目に勇気ある行動を取った。マローが評価されるのは、それがマッカーシズムの吹き荒れる中で、政治家やスポンサーの圧力に屈せずにアンカーマンとしての役割を果たしたことにある。


 ただ、同様の境遇に置かれた際、果たして現代のアンカーマンの幾人が同じような行動を取れるだろうか?調べてみると、この映画を我が事のように評価するアンカーマンがいた。しかし、マローを英雄視する彼に、マローほどの気概と責任感があるのかは解らない。

 また、時に権力者をも追い落とすことが可能なマスメディアの力も、使い方を誤れば恐ろしいモノとなりうる。特にこの国のマスメディアは身内の犯罪に甘い。マローが見たら、どう評価するだろう?聞いてみたいものだ。
posted by ねこめ〜わく at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

フライトプラン

フライトプラン   DVDあり

ジョディ姉さんの好きにオススメ。

ストーリー   goo映画引用

夫の突然の事故死に見舞われた航空機設計士のカイルは、6歳になる娘のジュリアを連れて、ベルリンから故郷のニューヨークへ向かう飛行機に乗り込んだ。夫の棺を乗せて飛び立つハイテク重層ジャンボジェット、E−474。それは皮肉にもカイルの設計した最新鋭の航空機だった。機内に落ち着くと、カイルは睡魔に襲われ、夢の中で夫の幻影を見る。やがて目を覚ますと、隣にいたジュリアの姿がない。客席、トイレ、厨房と探し回るが、乗客も乗員も誰一人として娘の姿を見た者はいない。ジュリアはいったいどこへ消えたのか?
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8137/index.html?flash=1




カイル役にジョディ・フォスター。この映画は彼女の存在感と演技力によって成り立っている。娘を探す彼女の必死さは相当なもので、狂気が宿っているようにも見える。彼女が幻覚を見ているのか?そうでないのか?判断の着かないところがこの作品最大のポイント。


だから「もしジョディ・フォスターが断っていたら?」と考えると恐ろしい。シナリオが弱いこともあり、役者が下手打ったら目も当てられない映画になっていたことだろう。


この映画には大小さまざまな穴がある。正直「ンなあほな!」と思うこと数知れず。だから、僕と同じような「文句言い」はツレと見てください。その方が面白いし、文句を言うのも映画の醍醐味です。


以下は僕の友人のコメントです。同感であるし、僕よりもウィットがあるので彼に語って貰います。
〜〜〜〜〜〜
伏線があるようでないとこが素晴らしい。

飛行機のなかは狭いから、走る度にスロモアクションになるのが素晴らしい。

こんだけ、ひどい映画やのに、見終わった後にそこそこのカタルシスを覚えるのは、ジョディ・フォスターならではやね。
〜〜〜〜〜〜


この作品を見て「バルカン超特急」を思い出しました。脚本にはヒッチコックの影響が感じられます。うまく生かせていないところがもったいない。
posted by ねこめ〜わく at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

GOAL! と ロンゲスト・ヤード

GOAL!  劇場公開中


胸のすくようなサクセスストーリーです。たまにはこんなストレートな映画も観なくてはなりません。


ストーリー goo映画引用

サンティアゴはメキシコから米国へと一家で不法入国し、ロスに暮らす20歳の青年。昼は父と共に庭師として働き、夜もアルバイトをして生計を立てていた。父親は息子と事業を始めたがっているが、地元サッカーチームのスタープレイヤーでもあるサンティアゴは、プロ選手を夢見て密かに貯金もしていた。ある日、試合後一人の男がサンティアゴに近づいて来る。男は元英国ニューカッスル・ユナイテッドのスカウトマンだった。サンティアゴは、その男からロンドンへ行きプロテストを受けるよう強く薦められるのだった。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8798/index.html?flash=1


映画の中で「フットボールには宗派がある」との言葉が印象的でした。歴史が違いますものね。マンチェスター派、グラスゴー派、リバプール派・・・。生き方に関わってきます。



小生、心に闇がある為、スポーツモノといっても基本的にアコギな作品しか観ていませんでした。反省です。


ロンゲスト・ヤード

ストーリー  DVDジャケット引用

エディ・アルバート演じる残忍な刑務所長は、看守たちがプレーするセミ・プロのフットボール・チーム(*こっちはアメリカンフットボール)を選手権で優勝できるチームに育てることに意欲を燃やしていた。バート・レイノルズが演じるのは、かつてプロ・チームで活躍したクォーターバック、ポール・クルー。“女“の車でパトカーとカーチェイスを繰りひろげて収監されたポールは、囚人チームを組織して看守チームと試合をすることに合意する。
所長チームが攻撃的なゲームをしないように持ちかけるが、囚人たちにとっては憎い看守たちを叩きのめす絶好のチャンス。元犯罪者たちは血をたぎらせ、戦法を学んでいくのだった。




「Goal!」の中にあったスポーツマンシップの対極に位置する映画です。だからヒロインも出てきません。まさに悪タレの映画。

でも、こんな映画も好きなのです。神様、どうか、許してください。あんまり信じていないけど。


あ、でも、本当のサッカーは「Goal!」のようにルールに則ってやるべきです。仮にも国を代表して出場しているのに不正なんてお里が知れます。ファンの態度もしかり。また「疑惑の判定」が多い大会にならないよう祈っております。
posted by ねこめ〜わく at 00:34| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月05日

ナイロビの蜂

ナイロビの蜂  劇場公開中

 ジョン・ル・カレの小説「The Constant Gardener」の映画化。小説の邦題は「ナイロビの蜂」。映画にもこの題が採用された。しかし、この邦題よりも先月号(6月)の映画秘宝の新作映画紹介で青井邦夫氏が示した題「不屈の園芸家」の方が作品にしっくりくる。この紹介文は、機会があれば是非読んで欲しい。ネタバレにならず、控えめ。にもかかわらず、『観たい!』と思わせる名文!

Constant=不変の, 一定の; 絶え間ない, 相変わらずの; 心の変らない, 誠実な
Gardener=植木屋; 造園業者; 園芸家


ストーリー  goo映画引用

それは、しばしの別れのはずだった。英国外務省一等書記官のジャスティンは、ナイロビの空港からロキへ旅立つ妻テッサを見送った。「行ってくるわ」「じゃ2日後に」それが妻と交わす最後の会話になるとも知らずに…。ジャスティンに事件を報せたのは、高等弁務官事務所所長で、友人でもあるサンディだった。テッサは車で出かけたトゥルカナ湖の南端で殺された。彼女は黒人医師アーノルドと共に、スラムの医療施設を改善する救援活動に励んでいた。今回もその一環のはずだったが、同行したアーノルドは行方不明、警察はよくある殺人事件として事件を処理しようとする…。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8569/index.html?flash=1


 小説の映画化は難しい。大抵の場合、長編小説を大作映画に作り変えてしまうのだが、それではうまくいってダイジェスト版、下手打ったら似ても似つかない愚作になってしまう。忠実に映画化を行うとすれば、短編小説、もしくは100ページ辺りの中編小説が限界だろう。

 それでも長編小説の映画化で成功したモノも少なくない。フレデリック・フォーサイスの小説「ジャッカルの日」は映画版も良い作品だった(「ジャッカル」は似ても似つかない方だからね。間違って借りないように)。本作と同じくジョン・ル・カレが原作の「寒い国から帰ってきたスパイ」も良質な映画になっている。スタンリー・キューブリック監督の代表作「2001年宇宙の旅」、「時計仕掛けのオレンジ」も原作は小説である。

 それらはある意味、忠実に映画化しなかったことで質の良い映画になった。映画の尺に収める為、枝葉を削除する。登場人物を削減する。部分的に映画化することもあるだろう。印象がずいぶん変化した作品も見受けられる。

 しかし、それは違う媒体なのだから当然のこと。「同じ印象を伝えなくてはならない」と狭義に捉えることは、媒体自体が持つ魅力を半減させる。作家同様、映画監督もクリエーターである。

 結局のところ、一観客としては面白ければ問題ない。映画版は小説と別モノと考えた方が、気が楽になる。

 僕は本作の小説を読んだことは無い。けれど、この作品が良質な作品であることは分かる。

 無駄な描写が無いし、詰め込んだ不自然さも無い。アフリカが抱える問題も、それを食いモノにするコングロマリットも、それら負の連鎖の中でちっぽけな個人にできることが限られていることも描かれている。

 園芸に没頭するジャスティンは、妻が自分を除け者にするのは、単に彼女が趣味に夢中になっているからだと思っていた。それが本当の愛ゆえの行為であると気付いた時、彼は命を賭けて彼女が求めていた真実を明らかにしようとする。園芸で培った忍耐力と彼女への変らない愛で。

 テッサ役にレイチェル・ワイズ。「コンフィデンス」にも悪女役で出ているが、本作のような真正直な役柄の方が似合っている気がする。

 監督フェルナンド・メイレスは他にも映画を撮っており、そちらもオススメです。「シティ・オブ・ゴッド」という映画で、ブラジル貧民街の貧困と抗争の話。恐ろしいのは抗争激化によるギャングの低年齢化。

posted by ねこめ〜わく at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

コンフィデンス

コンフィデンス  DVDあり
CONFIDENCE=信頼・自信・大胆さ・秘密

ストーリー  gaga公式ホームページ引用
ジェイク(エドワード・バーンズ)は窮地に追い込まれていた。大男の黒人から後頭部に銃を突きつけられ、懺悔を強要されていたのだ。なぜ、こんなことになったのか。ジェイクは観念したように語り始める―。 それは完璧な詐欺のはずだった。ジェイクは儲け話をエサにライオネルという男を罠にかけた。信頼できる仲間ゴードー(ポール・ジアマッティ)、マイルズ(ブライアン・ヴァン・ホルト)、そしてアルと共に罠をはり、賄賂で抱きこんだLAPD警官ウィットワース(ドナル・ローグ)とマンザーノ(ルイス・ガスマン)の登場のタイミングも抜群だった。 しかし喜びも束の間、アルが死体で発見される。ライオネルから奪った金は暗黒街を牛耳る大物、キング(ダスティン・ホフマン)の持ち物だったのだ。
 ジェイクは考え抜いた挙句、キングのもとに赴いて商談を持ちかけた。それは、彼らがかすめ取った金額を上回る巨額の詐欺プランを実行することで手打ちにしようというものだった。話に乗ったキングはマフィアと関係のある、モーガン・プライス(ロバート・フォスター)の銀行から500万ドルを騙し取ることを命じると同時に、彼らの見張り役に手下のルーパス(フランキー・G)をチームに加えることを要求する。
http://www.gaga.ne.jp/confidence/story.html





本作は騙される快感を楽しむ映画です。

状況を一変させるような展開が幾度か用意されています。しかし、アクロバッティックな力技になってしまう為、他の作品に較べ脚本の粗は否めません。

サイコロを振って6が出てくる確率は6分の1。更に6が出る確率は36分の1。更に続けて6が出る確率は・・・。と素で考えてしまう人には不向きです。

またコンセプトの関係で制約多き映画に仕上がっており、オリジナリティ、サプライズを期待する人にも不向きな作品かもしれません。

「24(トゥエンテイー・フォー)」「ワイルドシングス」等どんでん返しが好きな方にはオススメです。
posted by ねこめ〜わく at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

マシニスト

マシニスト   DVDあり



 原題はThe machinist、機械工って意味。



 「ミステリーって何?」

 「ミステリーに何を求めているの?」



 ミステリー好きな人は多い。どんな小さな本屋さんにも推理小説は置いてあるし、TVでは〇曜サスペンス劇場みたいなのが絶えることなく続いている。



 推理小説なら、誰が?何のために?どうやって?に集約されそうなことだけど、僕たちの関心はフィクションに止まることでもない。理解不明な、あるいは飛び抜けて物騒な事件の顛末、消息筋が語る永田町の政争、おしどり芸能人夫婦の離婚劇など、日常にニュースで流れるさまざまなことにさえ同じような興味、好奇心、出歯亀根性を発揮する。



 不合理には説明を付けたい。分からなかったら知りたいし、隠されたら見たい。何の気無しに生活していても、身の回りには自身で説明出来ない謎なんて幾らでもあり「誰かが気にもしないことに他の誰かが知恵を絞っている」なんてことも有り得る。



 ミステリーを辞書で引いてみた。

 @ 神秘、不思議なこと。

 A 怪奇小説、推理小説。



 解決出来ていない謎を追うことをミステリーと呼ぶとするなら、すべての人間がミステリーを体感している


 けれども、映画、小説等の創作物については皆さん割とこだわりがある。「こんなのミステリーじゃない!」と怒る人もしばしばで、各人がミステリーに自分なりのルールを作っているように思われる。



 犯人が見つからなくてはならない?

 見つかれば宇宙人でも構わない。

 いや、実証的に説明が着かなくてはならない。

 うんにゃ、その中でのルールがあるなら大丈夫。

 でも、物語の中で解決できなくてはならない?

 叙述のトリックは認める?

 じゃあ、メタフィクションは?



 「あきらかに作品としてお粗末である」ってことも、もちろんある。けれど「好みじゃない」「期待していたものじゃない」というだけで、駄作の烙印を押されてしまうこともしばしばあって、それはそれで個人の自由なのだけど、それでは作品があまりに可哀想で。



 このマシニストという作品はそういった業を背負っている。ような気がするので最大限に弁護してみました。



 ストーリー   allcinema引用
 工場で平凡な機械工(マシニスト)として働くトレバーは、極度の不眠症に陥り、すでに1年間もほとんど眠っていない状態だった。身体は痩せ衰え、誰もが心配する中、それでも毎日仕事に向かい、黙々と働くトレバー。そんなある日、彼は自宅の冷蔵庫のドアに不気味な張り紙を見つけ奇妙な不安に襲われる。それと前後して、彼の周囲では不可解な出来事が次々と起こり始める。同僚が機械で片腕を失う事故に遭い、トレバー自身も危うく命を落としかける。そして、その影には新入りの同僚アイバンの姿が。ところが、トレバー以外の誰もそのアイバンという男の存在を知らなかった…。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=321234






 冷蔵庫に張られていくのは何も不気味な絵ばかりでなく、切らしてしまった日常用品などもあるのだけれど、やおら書き込む姿が印象的。トレバーが気になることと映画を観ている人間が気になることのズレが面白い。気を抜いたら大事故になりかねない職場にも関わらず、不眠症で感覚が磨耗していく様は恐ろしいです。


 個人的には、文字通り皮と骨になったクリスチャン・ベイルのプロ根性を見られただけで、十分にもとを取った気がします。「アメリカン・サイコ」の時のマッチョっぷりが嘘のようだ。



 本作の監督、ブラッド・アンダーソンは何も怖い映画ばかり撮っている人ではなく、「ワンダーランド駅で」というラブ・ロマンスも撮っています。普通の恋愛映画と違って「出会い」に重きが置かれた作品です。オススメ。本作との共通点と言えば映像が綺麗なことくらいかなぁ。撮りたい絵があって作品を作っているような印象を受けます。
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2006年06月02日

ある日どこかで

ある日どこかで   DVDあり

 原作は小説「ある日どこかで」リチャード・マシスン著

ストーリー   DVDジャケット引用
舞台の初演を終えた脚本家リチャード(クリストファー・リーヴ)のもとに、一人の老婦人が現れる。「帰ってきて」という言葉とともに金時計を手渡して立ち去った彼女。8年後、リチャードは、あるホテルの資料室に飾られた一枚の写真に心惹かれる。写っていたのは、1912年にそのホテルで公演した女優エリーズ(ジェーン・シーモア)。彼女こそ、あの老婦人の若き日の姿だった。
エリーズへの想いが日増しに募るリチャードはついに時空を越えて彼女に会おうと試みるが・・・。

 一枚の写真の女性に惹かれ、半世紀以上タイムスリップする男。もし現在、配役を決めるとしたら誰を選ぶだろう?誰もがバカにするだろう絵空事を本気で成就させようと考えているのに、それが違和感無く受け入れられる俳優。レオナルド・デカプリオ?マット・デイモン?トビー・マグワイア?オーランド・ブルーム?やはりジュード・ロウか?

 やっぱり何か多くて何か足りない気がする。

 主演のクリストファー・リーヴはゴツイ。さすが「スーパーマン」だけあってガタイの良いアンちゃんだ。顔の輪郭もがっしりしている。ガ行が似合う。しかし、それら強面になりそうな印象をひっくり返すに十分な愛嬌のある表情を持っている。相反する印象から、ファンタジーと現実を行き来できても問題ないように思える。ハマリ役じゃないかと。どちらかというと「スーパーマン」よりこちらの方が似合って見える。

 エリーズ役のジェーン・シーモアも眩いばかりで「彼女に会うためなら無茶する人間もでてくるよな」と納得するような美人です。作中、リチャードが惹かれる写真の笑顔はすごくチャーミング。


 悲しいことにクリストファー・リーヴはもうこの世にいません。

人生の後半は、落馬事故による脊髄損傷で車椅子の生活を余儀なくされました。しかし、彼はめげませんでした。その後、脊髄損傷者の為にクリストファー財団(現・クリストファー・リーブ麻痺財団)を立ち上げ、死の四日前まで精力的に活動を続けました。今もその意志は受け継がれています。
http://www.jscf.org/jscf/REEVE/reeve-top.htm
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2006年06月01日

アンダーワールド

アンダーワールド  DVDあり

 以前、テレビアニメの攻殻機動隊にハマりまして、レンタルでシリーズ1、2と立て続けに観たことがあります。舞台は仮想(ネット)と現実の入り混じる近未来で、主人公たちは公安9課という公式には存在しない、けれど総理大臣直属の荒事処理部門でお仕事をしています。

 キャラクターでいえは解説、狂言回し、お笑い担当、兼、戦車の「タチコマ」がイチ押しなのですが、大塚明夫さんが声を担当しているバトー(頼りになる武骨な大男。案外、シャイ。シティーハンターでいえば海坊主的存在)、田中敦子さんが担当している草薙素子(クール・ビューティ)、山寺宏一さんが担当しているトグサ(スペシャリスト集団であるが故に合理的な9課の中で、唯一悩み多き等身大の人)等、主要な登場人物がすべて渋く、良く練られた物語です。

 この物語の主人公は実働部隊のトップにあたる草薙素子で、九課の面々からは「少佐」と呼ばれ信頼されています。

 で、長々と書いて何が言いたいか?というと、この声がいいんだ。男勝りで、ぶっきらぼうで、素っ気無い感じなんだけど、思いやりを感じる艶のある声で。

 声優さんはアニメに声をあてるだけじゃなく、映画の吹き替えをすることもしばしばです。今回紹介する映画「アンダーワールド」の主人公のヴァンパイア、セリーンの声は田中敦子さんが担当しています。ぶっちゃけ、その声が聞きたいが故に借りました。


ストーリー  goo映画引用
闇夜に身を潜めながら、数百年に渡る死闘を繰り広げてきたヴァンパイア=吸血鬼とライカン=狼男の両種族。ヴァンパイアの女戦士・セリーン(ケイト・ベッキンセール)は、ライカン族がマイケル(スコット・スピードマン)という人間の医師を執拗に追っていることに気付く。セリーンはマイケルを助け出し、一族の屋敷に連れ帰る。人間との接触を禁じる掟に背いたセリーンは、眠れる指導者・ビクター(ビル・ナイ)の指示を仰ぐべく、その封印を解く。それは両種族の秘められた過去を辿る、壮大な物語の幕開けだった…。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD4206/story.html





 う〜ん。良い声だ。満足した。次はサム・ライミ監督の「ギフト」を借りに行こうっと。


 内容は、ですね、ゴシック好きには堪らないものがあるかもしれません。もちろん、服装は黒。黒のジャケット、黒いドレス。浮かび上がる青白い顔。雰囲気は出ています。好きな人にはオススメです。


 展開・演出は、多少モッチャリとしており、好みが分かれるかもしれません。

 何発か撃たれてから大仰に倒れるライカンに、「チョップ合戦の末にもんどりうって倒れる古き良き全日本プロレス」を思い出しました。

 細かいカットバックの間にコンタクトレンズを入れ替え、ヴァンパイアへの変容を表現するのも何らかのこだわりなのでしょう。

 鉛雨の中、セリーンが直立不動で銃を連射する姿も、監督が撮りたかった絵なのだと思います。

 ただ、一つだけ言わせて貰えるなら、セリーンの上官の影が薄いところが残念でした。重要人物は、優秀でもそうでなくても存在感なくっちゃ。「ダイハード」のハンス(アラン・リックマン)を見習って欲しい。

 個人的には「大人」な対応をするライカンの長ルシアン(マイケル・シーン)が一番格好良かった。

 みんな、もっと、あたま、つかえ。

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2006年05月31日

4番目の男

4番目の男  DVDあり

ストーリー   DVDジャケット引用

原作者ジェラルド・リーヴの実体験をもとにした小説の映画化。作家ジェラルド・リーヴはとある町の講演会に呼ばれる。そこで若く美しい未亡人クリスティンに出会う。誘われるまま彼女の家に行き、一夜を過ごすジェラルド。一夜のつもりが、彼女のもう1人の恋人ハーマンに魅了され、しばらく滞在することに。
やがて悪夢や幻覚に導かれるようにして驚くべき事実を発見する。クリスティンは3度結婚し、3人とも事故で失っていたのだった。ジェラルドは、自分かハーマンが4番目の男だと確信する・・・。



ブログを書き始めて気付いたことですが、映画のストーリー紹介はジャケット裏が一番優れています。(もちろん、例外もありますが。)詳しく説明され過ぎるとすでに観てしまった気分になりますし、短く語る為の要約で作品にとって決定的な価値判断を下してしまっているケースも少なくありません。添え物にあたるあらすじでメインである作品の見方が決まってしまうことは悲しいことです。

その点、ジャケットの紹介文は何より本体を売ることに重きが置かれています。煽り文句はあっても、作品の魅力を語る姿勢を持っている。あらすじは大まかな骨格を掴むに止まり『それ以上のことは作品で』となります。ぼやけた部分が残されているから、作品は封を開けるまで『期待』を残したままです。作品に対する解釈も自身に残されています。

正直、「騙されたぁ〜」と思うこともありますよ。けれど、それは何処にでもあることですし、それも含め楽しいじゃありませんか?想定内の物語ばかりじゃ飽きちゃいます。


ストーリーはジャケット通りです。ジェラルドがインスパイア(車の名前でも、無断借用の隠語でもないよ)される映像(サムソンとデリラ、聖母、後光射す子供)の意味など考えずとも楽しめます。ただ、現実と虚構が入り混じるので、真面目な方には受け入れがたい作品かもしれません。

「未来世紀ブラジル」、「裸のランチ」、「デモンズ95」等が好きな方でしたらオススメです。

監督はポール・ヴァーホーヴェン。「ロボコップ」で一躍有名になった監督さんです。(「ロボコップ」って題材で面白い作品作るなんて凄い。あきらかに大外れの香りがするのに)「トータル・リコール」「氷の微笑」も有名。

この監督の面白いところはそういったセールスで成功する大作を作る一方、とんでもなく不入りな作品も作るところで、「ショー・ガール」は最低映画に贈られる*ゴールデン・ラズベリー賞(略してラジー賞)を総なめにしています。また、誰も来ないラジー賞授賞式に礼服で現れたことも見過ごせない。懐が深いというか奇特な御仁なのです。
*「ゴールデン・ラズベリー賞」ウィキペディア引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E8%B3%9E

調べてはいませんが、観た感じ彼の作品「インビジブル」もアウト(不入り)だと思う。また、僕の大好きな作品なのだが「スターシップ・トゥルーパーズ」も一般受けすまい。頑張れ!ヴァーホーヴェン。君のベタベタな人間描写と過激な人体破壊が大好きだ。
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2006年05月30日

ブラックボード

ブラックボード 〜背負う人〜   DVDあり


ストーリー  DVDジャケット引用

舞台は戦火激しいイラン=イラク戦争の国境地帯。爆撃で学校を失った教師たちが、背中に黒板を背負い、生徒を求めて教師のいない村を回っている。そうして旅をする彼らが出会うのは、故郷の村に帰るため、イラクとの国境を目指すクルド人たちの一団や、イラクとイランの間を行き来し、命を危険にさらしながらヤミ物資を運んでいる子供たち。過酷な現実の中、彼らはともに旅をすることで少しずつ心を通わせていく。だがイラクの国境に近くに達したそれぞれの一行はイラクの凄まじい銃撃にさらされることになり・・・。






イラン映画は侮りがたし。もうかれこれ7,8年くらい前になるが、「桜桃の味」という映画を観た。『自殺願望のある男が手伝ってくれる人間を探し、車を乗り回す。』話としてはただそれだけで、ほとんどは車中からの風景と乗り合わせることになった人物との会話で構成されている。けれども、その頃観たどの映画よりも訴えかける力の強い作品だった。もしもすこしでも「死にたい」考えることがあったなら、この作品を見て欲しい。きっと何かの助けになると思う。



イランは日本とは比較にならないくらい貧しい国だ。しかし、そこに生きる人たちの生命力の強さ、情の深さ、情緒の豊かさは遥かにこちらを勝っているように感じられる。



映画の始まりのあたりで老人が教師に届いた手紙を読んでもらうシーンがある。老人には文字が読めない。しかし、何語かすら判らず教師にも解読不能である。教師は口にする。
「多分こう書いてあるんでしょう。『父さん 元気ですか』」
老人は手を広げ「元気だ」と答える。
「その後は多分こうじゃないかな。『母さんにもよろしく』たぶんね。その後に、『さよなら』と書いている。」
老人、「金に困っているんじゃないか?」
「今 読んであげる。大丈夫だ。『イラクのお金を少し持ってる』って。
老人は「息子は刑務所にいる。」という。教師はすぐに帰ってくると励ます。

本当のことなんて分からない。けれど、必要なことはそんなことじゃないんだ。



この映画では三つの世代を描いている。教師(青年)、故郷を目指す老人、ヤミ物資を運ぶ子供たち。教師は自身が生きるため、周りの人々の為に勉強を教えようとする。けれど老人は耳を貸さないし、子供たちはそれどころじゃない。教師は彼らと旅をすることで心を通い合わせていく。勉強受けたがる子供も現れるようになる。



作品の中で、ブラックボードは様々な使い方をされる。ある時は攻撃から身を守る迷彩になり、病人を運ぶベッドになり、けが人の為の添え木となり、教師の結納金にもなる。この映画のブラックボードは黒板としてだけではなく、今に柔軟に対応する。未来への投資がすべてに勝る訳ではなく、かといって軽んじられる訳でもない。ブラックボードが黒板としてのみ使われる状況が一番の理想であるが、理想とかけ離れた状況でさえ、そこで黒板としても使われることに感動を覚える。



ラストショットの黒板に書かれた文字は心に残るものです。必見。



監督はサミラ・マフマルバフ。父親のモフセン・マフマルバフはキアロスタミと並ぶ有名な監督さん。(モフセンさんの「パンと植木鉢」はオススメ)彼女の妹も弟も映画作りに携わっている完全な映画一家で、この作品を作った時、彼女は19才!とてつもない才能である。

DVDジャケットの裏に提供、オフィス北野と書いてあり「なぜだろう?」と考えていたのだが、このサイトを見て氷解する。
http://www.office-kitano.co.jp/blackboards/index.html
当初40分フィルムのはずが、長編となり不足の製作費をオフィス北野も一部出資しているそうだ。

プロダクション・ノート引用
http://www.office-kitano.co.jp/blackboards/pressdate/pronote2.html
〜一方、北野作品を成功させてきたオフィス北野は、1999年に創設された関連会社ティー・マークを通 してアジアの若手監督をサポートするプロジェクトを開始。『ブラックボード −背負う人−』に次いで製作した中国映画「プラットホーム」は2000年ヴェネチア映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞している。〜

いい仕事しているなぁ。こういう形の国際貢献って素敵だと思う。
posted by ねこめ〜わく at 21:23| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

ラルジャン

ラルジャン   DVDあり

監督、ロベール・ブレッソン。無駄なく、シンプルを良しとする作風の監督さんです。枝葉が取り除かれた分だけ本筋の展開が長くなるので、あらすじは書きません。


この監督の作品は、特に「作者が神に成り代わり最終的な英断まで下してしまうハリウッド的映画」ではなく「ストーリーを語ることでそこにある問題を顕在化させる映画」なので、あらすじを書いてしまうことが映画本来の魅力を殺してしまうことになりかねいという理由もあります。観て自身で考えることを要求する映画なので、先入観を持つのはもったいない。(無論、ブログ作成者がものぐさであることが一番の理由ではありますが)



題名はl’argent(1、銀貨 2、金銭)。
登場人物の一人が「お金、目に見える神」と口にするのですが、本作で描かれているのは一枚の贋札が引き金となる負の連鎖反応です。


お金は目に見えるものですが、それは見えない信用によって成り立っています。誰もがその価値を信じなくなった時、それは単なる紙切れに過ぎない。この世にあるほとんどのモノと交換が可能であるのに、人の意思あってこそ成り立つ「魔法」のようなもの。この作品で描かれている贋札はそんなお金、お金を信じる意思の危うさを象徴しているように思えます。


身なりが立派なら(金持ちそうに見えたら)その人は本当に嘘つきじゃない?

みんなが買うものは絶対に間違いがないものなの?



また、境遇がいかにお金に対する価値観を変化させるのか?も結果的に描いています。当たり前のことですが、お金に対する価値観は人により千差万別。だからお金(お金が意味する人の欲)は計り知れない。面白いし、怖い。



計り知れない繋がりで一つ。本作の主演男優クリスティアン・パティは、この当時、高校の数学と化学の教師で役者ではありませんでした。しかし、この俳優さんの得体の知れなさは本作の魅力をより大きいものにしています。日本の役者さんでいうと浅野忠信のようで、実際のところ何を考えているのか分からない感じがたまりません。(でも、やっぱり浅野さんの方が華はあるけど)



どうでもいいことですが、以前、香港に行った際、そこで出回っている贋硬貨と本物の見分け方を教えてもらいました。真ん中の金属が抜けるのが贋物、抜けないのが本物。あまりに杜撰でシンプルなことに衝撃を受けたのですが、現地の人は嵌め直して普通に使っているそうです。どのようなバランスが働いているのかは分かりませんが、問題(信用不安等)は無いそうです。価値の低い硬貨だったからかもしれません。今はどうなっているのか分かりませんが、ふと思い出しました。



最後に、取り上げたことに他意は無いのですが、この映画でもブルジョワさんは酷い描かれ方をしています。

でも、これはフィクションです。

僕は偏見を持っていません。
ブルジョワさん、恥ずかしがらず、どしどし、僕のお友だちになって下さい。



posted by ねこめ〜わく at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

ブルジョワジーの秘かな愉しみ

ラルジャン   DVDあり

ストーリー ジャケット引用

南米ミランダ共和国の駐仏大使は、外交特権を利用して親しい友人夫婦たちと密かにコカインを密輸していた。そんなある日の晩餐会、ホストのセネシャル夫婦が姿を見せず、大使ら仲間たちは密輸がばれたと勘ぐって逃げ帰ってしまう。実はセネシャル夫婦は白昼、衝動にかられてセックスにふけっていただけだった。気を取り直して再び開かれた豪華な夕食会、さぁ始めようとしたその時、今度は、突然黒いベレー帽に戦闘服の兵隊たちがドカドカと入ってきてまたまたテンヤワンヤに・・・。




この作品に出てくるブルジョワさんはあくせく働く必要の無いからか、かなり浮世離れしてしています。他にやることがないからか、興味があるのは食欲と性欲だけ。そのくせマティーニを一杯飲むのに相当うんちくを垂れます。お抱えの運転手を呼びつけ、それを飲ませ、「正しくない」だの「教育のない庶民だから許せ」だの「教育しても庶民には分からない」だの言いたい放題です。自身を特別だと疑いなく信じていて、麻薬の密輸についても当然の権利と考えています。

この作品はそんな彼らの受難の物語です。食事の機会は何度もあれど、すべて目の前を通り過ぎていきます。主催者がいない。品切れ。無理やり同席してきた奴に嫌ぁ〜な話をされて食欲を無くす。我慢できたならどこかで食事にありつけたかもしれない。けれど、彼らは特別なのです。自身を安く売ったりしません。その度に食事はお流れです。

作品の中盤から登場するブルジョワさんのいくつかの夢が出てきます。それも逆マトリョーシカ(*)のような形で。

(*)マトリョーシカ  ウィキペディア引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%AB%E4%BA%BA%E5%BD%A2

悪い夢から覚めるとまたアクシデントが起こり、けれどもそれはまた別の人の夢で、起きたらまた惨事が待っていて、それもまたまた別の人の夢で。夢の中でどんどん彼らの仮面が剥がれていき、隠していた欲望があらわになっていきます。



この作品にもデルフィーヌ・セイリグが出ているのですが、まるで別人のようです。役柄上、当然のことですし、女優としてあっぱれなのですが、前に見たのがすごく格好良かったので、ちょっと残念。



この映画ではブルジョワさんがたいがいに描かれています。
が、これはフィクションです。

願わくば、僕はブルジョワさんとお友だちになりたいです。
蜘蛛の糸を垂らして下さい。
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2006年05月27日

去年マリエンバートで

去年マリエンバートで  DVDあり

ストーリー    DVDジャケット引用

バロック調の豪華城前に一人の男が紛れ込む。城内は社交界のゲストが集まり退屈なパーティに興じていた。男は誰からも気にかけられることなく歩き回り、一人の女を見つける。男は女と去年マリエンバートであったというが、女にその記憶は無い。だが、男に迫られるうちに、女は過去の記憶と現在の境を見失い、その記憶は曖昧なものとなってゆく。男はいう。一年前に二人は愛し合い、今日ここで会う約束をしたのだと・・・。



現在と過去、現実と幻想が混濁していく作品で(自身で噛み砕けていないこともあり)人に説明するのが難しい。男は女にあったといい。女は知らないという。男は女を問い詰めるが彼の言葉も二転三転する。真実は藪の中。ただ、そこに残る執着だけは拭い去れないものがあり、常に同じ問いに還ってくる。あなたに会いにきた、と。ここであったのではないのかも知れない。けれど、必ずあなたと会っていた。


「忘れてしまいたいこと」や「そうあって欲しかったこと」もある。記憶が正しい過去とは限らない。男が見た風景と女が見た風景。対象は同じでも受け取り方は同じと限らない。視界に入ったものがすべて見えている訳でもない。だから繰り返される問いの小さな揺らぎに注目し、共通項を拾い出し、意味するところはなんだろう?あれやこれやと考えて、それを楽しんでいることに気付いた。


モノラルだけれど、映像が凄く美しい。白と黒のコントラストだから見せられる美しさなのだけれど、なにぶん口では説明できない。見た方が早い。撮影はサシャ・ヴィエルニー。後にピーター・グリーナウェイの撮影を担当する人。


ヒロインはデルフィー・セイリグ。知的な感じの美人。とわいっても男が執着するくらい魅惑的なのよ。


この映画を観て、羅生門とか雨月物語とか思い出したのだけれど、それ以外にもテレビゲームのことを思い出したの。始まりの感じが似ている作品。ファイナル・ファンタジー・タクティクス(ゲーム自体は普通のシュミレーションゲームだけれど)の中のサウンドノベル「ウイユヴェール」
http://www.mickey.ne.jp/~pierrot/gc/fft/sn_u.html
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2006年05月26日

悪魔を憐れむ歌

悪魔を憐れむ歌   DVDあり

一枚千円の映画DVDが発売され、クラッシックだとワンコイン500円。そしてつい最近では一枚690円のものも出ています。
http://www.whv.jp/shp/shp23/
特に690円の方は僕にとって「その映画自体の存在は知っていても、評判を聞かない作品」ばかりなので、とりあえず一枚買ってみました。「悪魔を憐れむ歌」。ローリング・ストーンズの曲名ですね。

レンタルビデオ屋で映画を選ぶときタイトルに惹かれて決めてしまうことがあります。今回もこれなのですが、どうも格好良いタイトルに弱いみたいです。(以前、「天使が隣で眠る夜」という映画を見つけたのですが、これは掘り出し物でした。逆に中学生が訳した不自然な日本語のような題の映画はどうも見る気が。)

外した!と感じることもありますが、*『ジャケットで選んでも同じことは起こりうる』ので、諦めることにしています。売り出す方は必死なのでハズレもとりあえず楽しめる奴を選ぼう、と。

*[特にビデオスルー(映画館で公開していないビデオ)は中身で起こっていない大爆発が表紙一杯を華々しく飾っていることもあり、注意が必要である。]

ストーリー DVDジャケット引用

殺人課の刑事ジョン・ホブズは、自らが逮捕した凶悪な連続殺人犯の死刑に立ち会う。すべてがそれで決着したはずだった…。しかし、同じ手口の殺人事件が起こった時、ホブズは、死刑が本当の悪夢のプロローグに過ぎなかったことを実感する。次々と起こる殺人、浮かび上がる、謎・謎・謎…。ホブズはついに、人知を超えた存在との全面対決を決意する。デンゼル・ワシントン主演。ジョン・グッドマン、ドナルド・サザーランドが脇を固める、上質なサスペンスフル・スリラー


主人公の刑事にデンゼル・ワシントン。
http://images.google.co.jp/images?svnum=10&hl=ja&lr=&c2coff=1&q=%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3


相棒の刑事にジョン・グッドマン。
http://images.google.co.jp/images?q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3&hl=ja


主人公とそりの合わない上司にドナルド・サザーランド。
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&c2coff=1&q=%E3%83%89%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89&lr=&sa=N&tab=wi


ね、雰囲気出ているでしょ?刑事モノとしたら「これだけハマリ役の俳優を集めた段階で外れる訳ない」と思うじゃないですか!

曲がったことが嫌いな主人公に、ドーナツ好きでコーヒーを不味そうに飲む同僚(絶対に飲みならが「泥のような味だ!」とか言うんだ。)、上っ面は笑顔で嫌味を言うお上品な上司。まさに完璧。

完璧なので、警察署館内でのやりとりは面白いです。刑事モノが好きな方なら思わずニヤリとすることでしょう。ニヤリ

しかし、この作品は上質なサスペンスフル・スリラーなのです。サスペンス(ハラハラさせて)スリラー(恐怖でドキドキさせる物語)。イマイチ意味が取れません。具体的な褒め言葉が出てこない時は売り手が自身の仕事と良心を天秤に掛けています。それに気付くべきでした。開始数分に解ける謎でも謎は謎。この映画の紹介文がそこに重きを置いている限り、説明する訳にはまいりません。

映画の中で道往く様々な人々が主人公に敵意とあざけりを向けるシーンがあるのですが、この絵は面白かった。人間不信を映像化するとしたらきっとこういう感じで表されるのだろうなぁ。ここのシーンで690円は回収致しました。

この作品は映画より芝居で演じられた方が映えるように思えました。オチの弱さを抜きにしても、映画のリアリティはより現実に近い。芝居のリアリティだったならこの作品の世界観も救い上げられたのでは?と思うとちょっと残念。
posted by ねこめ〜わく at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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