2006年05月25日

エニグマ

エニグマ  DVDあり

『僕は裏切られていたのか?行方不明になった元恋人は実はスパイかもしれない。身近に諜報部がウロウロし始めた。機密にしていた情報が漏れたのか?エニグマの暗号コードが変わってしまった。一体何が起こったんだ?彼女は無事なのか?本当に僕を騙したのか?』



ストーリー    allcinema ONLINE「エニグマ」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=241218



主人公は困難な仕事に取り組みながら、同時に彼女の行方も追います。当然、ろくに眠りもせず、悲壮なくらい目の下にクマを作ってくたびれた格好で、諜報部に目を付けられながら、危ない橋を渡ります。あがいて、もがいて、滑稽なくらい一生懸命で、そんな姿に心を打たれます。


主人公を支えるヒロイン(失踪する人ではありません)にケイト・ウィンスレット。丸眼鏡をかけて野暮ったい服装で登場するので、「タイタニック」の突端で手を広げていた人とは思えませんでした。(でも、アップになるとやっぱり美人。)


話の重要な部分を占めるエニグマについて、映画を一度観ただけでは中々理解し難いので、リンクを貼ります。
情報処理概論より
http://www.infonet.co.jp/ueyama/ip/history/enigma.html

エニグマは第二次世界大戦でドイツ軍が使用した暗号システムです。
簡単な暗号機で極めて複雑な暗号を作ることができたので、 ドイツ軍の無線通信に使用され、大戦初期の快進撃に貢献しました。 ドイツ軍の U ボート と呼ばれた潜水艦は、連合国軍の船団に壊滅的ともいえる損害を与えていました。〜中略〜
1文字打つとローターが回転するので、1文字毎に暗号化キーが変わることになります。 同じ文字が続いても、一般的には別の文字に暗号化されますから、 これを解読することは非常に困難です。
〜中略〜
エニグマのもう一つの特徴は、この機械が暗号化だけでなく、暗号文の平文化にもそのまま使えることです。
ローターを正しく設定して暗号文をタイプすると、平文化された文字のランプが光ります
posted by ねこめ〜わく at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

悲しみよさようなら

悲しみよさようなら  DVDあり

サガンの「悲しみよ こんにちは」ではありません。

ストーリー   引用 ジャケットの裏

黒い服に身を包み、男の子のようなボサボサ頭の十五歳のディンキー(ウィノナ・ライダー)はクラスのイジメられっ子。そんなディンキーが住む町に、ハリウッドで大成功をおさめた女優のロキシー・カーマイケルが凱旋することになった。彼女は15年前、生んだばかりの子と夫を残し、スターを夢見て町を出ていったのである。今や大スターのロキシーの凱旋にあるものは憧れ、あるものは嫉妬し、小さな田舎町はてんやわんやの大騒ぎ。そんな中、ディンキーは自分こそがロキシーに捨てられた子であると思い込み、彼女が迎えに来る準備を密かに始めるのだが・・・。




ウィノナ・ライダーは人気のある女優さん。スターダムにのし上った作品は「シザーハンズ」じゃないかと思うのだけれど、主役級で出ている作品が凄く多い。「ヘザーズ」「ドラキュラ(コッポラ版)」「エイジ・オブ・イノセンス」「若草物語」「クルーシブル」「17才のカルテ」「オータム・イン・ニューヨーク」等。

書き連ねるのが面倒臭いくらいニーズのある女優さんなのだけど、傾向としてはシザーハンズのお嬢様のような王道の配役はまれで、どちらかと言うと「心に傷を持っていたり」、「体が病気だったり」、「悪女だったり」、はたまた本作のように「イジメられっ子だったり」と負の因子を背負った役が多い、ような気がする。自身「イジメられっ子だった」と告白していることもあり、役と被るところがあるようだ。

本作でも、髪は梳かずボサボサ、ファッションに気を使わずいつも黒い服、自室に幾重にも内鍵を施す、創作詩の内容はゴリゴリのゴシック調と心がハリネズミな少女を演じている。

関係ない話だけれど、以前、僕が住んでいた町の近くに黒服しか着ない人が居た。

「何故、黒にこだわるの?」と聞いてみたところ、「考える煩わしさから開放されるから」とかえってきた。その人の場合、黒にこだわっている訳ではなく、「服装を一色でまとめた際に黒が1番しっくりくる」と思ったからだそうな。

白、赤、黄、青。他の単色を頭に思い浮かべてみた。

・・・やはり僕も黒が一番無難な気がする。考えなくても良いメリットを損なうくらい奇抜な服装は選ぶことは考えられない。

身なりには「他人からどう見られたいか?」という意思が強く影響する。「他人なんてどうでもいい」と考えているから主人公のファッションは黒一色なのかなぁ、と思った。

そんな彼女も人との係わり合いの中で成長していく。服装もちょっとずつだけれど、色を増えていき、髪も梳くようになる。少しずつ女の子になっていく。

最後にドレスを着たシーンがあるのだけれど、綺麗で、『一つ殻を破ったな』って感じです。物語の終わりには応援する気分で観てしまう作品です。


あ、でも、真っ黒な頃から気にかけてくれる異性がいるのは羨ましいなぁ。映画だから、だろうなぁ。


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posted by ねこめ〜わく at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

愛しのローズマリー

愛しのローズマリー   DVDあり

ストーリー 

父親の遺言を守り、外見の美しい女性ばかりを追いかけ続けていたハル。ある時、乗っていたエレベータが故障し、同乗していた高名な自己精神治療師に催眠術を掛けられる。内面の美しさしか見えなくなった彼はローズマリーに一目惚れすることになる。




映像化、筋書きの都合上、内面の美しさも外見で表現せねばならず、「結局は本人が美人(にみえるもの)を選んでるじゃんか!」と当然、突っ込みは入ることと思う。

しかし、放棄したり、眺め見したりせず、最後まで観て欲しい。

差別とは『対象をタブー視し、退けること』に他ならない。

「この映画は差別的だ!」と良識を持って遠ざけることは誰にもで出来る。でも、それは単なる思考の停止に過ぎない。

作品の中で酷いやけどを負った子供が出てくる。内面はすごく、美しい。

素に戻ったハルがどういった行為を行うか?見て欲しい。

特典映像の中にグウィネス・パルトロウが別人になるまでの特殊メイクの様子が収められている。その後、彼女が外を歩いた後のコメントが興味深い。

「誰もがこちらを見ることをタブーだ思っているみたい。無視されて寂しかった。」

なるほど、ちやほやされることが当然の容姿を持つ彼女にとって初めての体験だろう。

いや、しかし誰もが自分しか体験できないのだから、誰であれ他人の感覚を完全にトレースすること、他人の感覚に触れることは難しい。きっと、この経験が彼女の女優としての幅を広げることに繋がるのだろうと思う。

視覚は非常に強力な判断基準だけれど、それが全てではない。ありのままを受け止めること、当たり前に扱うことこそ必要なのだと思う。それはマイノリティの仕事ではなく、他ならぬメジャー、つまり映画を観ている僕たちの仕事。

僕らと同じようにマイノリティが自身をネタにすることもあるだろう。それを認めないのは区別じゃなく差別だ。健常者同士だって対話して距離感を掴むのものだし。




そういえば、シャーリーズ・セロンが映画「モンスター」の中で、ナマハゲのような容姿の殺人鬼役をやっていた(体重は増やしたが、当然、特殊メイクで)。全く違う人相だったので、「彼女が演じる必要ないじゃない?」と思ったものだが、それは大切なステップだった。彼女は「モンスター」でアカデミー主演女優賞を取った。

当人と掛け離れた役だから(演技力を問われると考えられ易そうだから)ってことでもないみたい。

実際に殺人鬼が通っていた店のバーテンが「びっくりするくらい似ていた」というから。
posted by ねこめ〜わく at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

ザ・グリード 

ザ・グリード DVDあり

ストーリー goo映画より引用

舞台は、南シナ海処女航海中の超豪華客船アルゴノーティカ号の中。女スリ、トリリアンは客船の金庫までたどり着くが、客船の船長に捕まり食糧庫に監禁される。突然、船は何物かに衝突、強い衝撃がパーティー開場を直撃。逃げ惑う客たちで船の上は修羅場と化す。時を同じくして、密輸船サイパン号が航行していた。密輸船船長のフィネガンは傭兵たちを海図にない島まで届ける仕事を請け負っていた。無事、目的地に向うはずが、モーターボートと衝突。船が破壊される寸前に航行中のアルゴノーティカ号を発見、避難するが、客船内には不気味なほど人気がない。乗客で生き残っていたのは、オーナーのキャントンと客船の船長、女スリのトリリアンの3人だけ。巨大な怪物が襲ってきて皆殺しにされたという。




監督は「ハムナプトラ」「ヴァン・ヘルシング」のステーヴン・ソマーズ。


途中から観た為、前半の取っ掛かり(ちょうどこのストーリーが書かれている辺りまで)を見逃してしまったのですが、そこからでも見ても満足のいくB級アクション映画でした。頭を使わずサッパリ観られるところが素敵です。大昔から生きていたよく分からない怪物が襲ってくる。話がとても簡単。

また、キャラクターも色づけがハッキリしていて、どういう修羅場を潜り抜けてきたのか判らないくらい腰の据わった(とぼけた)主人公、どんな状況でも軽口が止まらない相棒、勇ましくでもかわいいこともあるヒロイン。子悪党の客船オーナー。ガラ悪いし腕も立つのに、比較的素直なビビリの傭兵たち。

後はアクションに次ぐアクション。「もし、巨大生物に襲われる映画なら、こんな絵を見たいなぁ」ってのが詰め込まれている感じです。ご都合主義で、お約束一杯。でも、判りやすいアクションが観たい!って方にはお薦めです。

そして、この作品の(僕にとって)良いところはホラーちっくなのに怖くないところ!!・・・書いていて、致命的な欠点のような気もします。が、問題ありません。アクション映画としても観られますし、その怖くさせないユルさが面白いのです。

「来るぞ、来るぞ、来るぞ」って画面が迫ってきたり、登場人物が思いっきり背中向けていたり、怖いのに構える時間を十分に与えてくれます。どっちかというと「志村、うしろ!うしろ!」の世界(古いか)。もう少し新しいので説明するなら「スクリーム」で童貞が狙われるところ。これならホラーに耐性が薄い人にもこれなら安心。

予期していないところにバーンって奴が一番心臓に悪いのです。後ずさりしながら「呪怨」みて、バーンって壁に頭をぶつけるのはもうコリゴリです。ぷんすか。「ほたるの墓」で全然怖くもなんともない場面変換のシーンで唐突に音が鳴り、僕だけがビクッとしたとです。皆に笑われたとです。ビビリは唐突な音は嫌いです。





作品としてはお約束を全うしてくれる映画です。逆を言えば、怖さを求めたり、驚かす演出を求めたりする方には不向きな作品かもしれません。
posted by ねこめ〜わく at 00:46| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

ダ・ヴィンチ・コード

ダ・ヴィンチコード

本日、全国一斉ロードショーのダ・ヴィンチコードを観てきました。朝一番だったのですが、すでに立ち見寸前で、感心の高い映画なのだと実感しました。


ストーリー パンフレット引用

始まりは、奇妙な殺人事件だった。ルーブル美術館で発見された、ソニエール館長の他殺体が、レオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」を模した形で横たわっていたのだ。しかもそれは、瀕死の重傷を負った身で、自ら作り上げたものだった。さらに不可解な暗号が残されていた。ハーヴァード大学教授のラングドンは、フランス司法警察ファーシュ警部に呼び出され、捜査協力を求められるが、実は彼は第一容疑者でもあった。ソニエールと面会の約束をしていたうえに、暗号の中に彼の名前が記されていたからだ。ソニエールの孫娘で暗号解読官のソフィーが、現場に現れる。ラングドンの無実を知っていた彼女は警部をだまし、ラングドンを連れて逃走する。警察の厳しい追跡をかわしながら、暗号に挑む2人。ダ・ヴィンチが絵画に残した、歴史を揺るがす暗号とは?〜内容に関わるので以下略〜







古い寺院、教会や礼拝堂、そしてルーブル美術館。それらを観られるだけで映画代のいくらかはペイできていると思います。ルーブル美術館のガラスで出来たピラミッドのエントランスは下からライトアップされてすごく綺麗です。僕が行って見たいと思ったのは後半に出てくるロスリン礼拝堂で、いくつもの時代の様々な意思(テンプル騎士団、薔薇十字軍、フリーメーソン等)が彫刻されています。建物は見た感じ小さそうですが、埋もれていた博物館のようで神秘的です。



上下巻のハードカバーを一本の映画にまとめたロン・ハワード監督はすごいと思います。尺の関係上、謎解きの展開が駆け足だった気がします。詳しく知りたくなった人には小説がある、と。

また、同じ理由からストーリーを追うことに主眼が置かれていく為、動のパートと静のパートがきっちり分かれている感じで、そこのところも賛否が分かれるところかと。良く言えば、力を入れて見なければならないところが分かる。悪く言えば読める。



宗教が統治の道具として政治に組み込まれる際に起こる不可避な変容はこのフィクションに止まりません。超越した規範、揺ぎ無い普遍性として取り入れたいものだから、生まれたままの宗教では使えない。調整は当然ある。ルールを作る側が不要になれば削除、必要なら挿入。時が経つにつれ、様々な意思の介入を受け、宗教、に留まらず歴史、文化も変容していく。そのことが歴史に厚みを増すともいえる。ちょうど連なった合わせ鏡の一番奥の姿を覗き込むように、ぼんやりとしか世界は見えない。だから幾つもの解釈が生まれる。しかし、真実に向かおうとする思考こそが面白いのであって解釈の多様性はそれ自体を否定すべきものではない。(だからこそ、その営みを阻害する資料、文献の捏造は大罪といえるのだが。)



この作品を観て宗教に対するいくつかの問いが頭に浮かびました。

その宗教が誰の為のものなのか?

その宗教がどの範囲(神、信仰者、追随する者、それを知らぬすべて)まで救うのか?

それによって生まれる軋轢にはどう対処するのか?

範囲の限定と目的の具体性もしくは、範囲、目的の抽象性(世界が平和でありますように、みたいな)が組織に与える力、性質には関係があるのか?

目的に至る解釈の違いをどれだけ分かり合えるのか?

目的の為にどれだけの行動が許されるのか?

また、それよりも大きな規範(一般的な社会)でその行動の合理性は実証されうるのか?
posted by ねこめ〜わく at 21:39| Comment(4) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

愛は死より冷酷

愛は死より冷酷   DVDあり

監督、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。日本では有名ではありませんが、世界的には名の通った映画監督さん、だそうです。

僕は柳下毅一郎さん(映画評論家、特殊翻訳家)の本「愛は死より冷たい」で初めて知ったのですが、そこで書かれているファスビンダーの生き様は壮絶なもので、映画よりもまず彼の人生の方に興味が湧きました。

強いカリスマ性で周囲を巻き込み(色恋沙汰含む)、専属の役者を奴隷か馬車馬のように扱い、二ヶ月に一本のペースで映画を撮り続けて(普通の環境では難しい。その上、その間に戯曲、映画等で俳優として別の作品にも出ている)三十七才で他界した天才。作品は計四十四本。ほとんど映画の中で生きた人です。

そんなに多いファスビンダーの作品ですが、何故だか日本では中々お目にかかれず、大きな町のビデオ店くらいしか置いていませんでした。その頃の僕は電車代も惜しいくらいの暮らしだったので自転車キコキコ、町まで走った訳です。が、運悪く借りられっぱなしで、とうとう今の今まで彼の作品見る機会に恵まれませんでした。

半年前くらいでしょうか?ファスビンダーの作品がDVD化されました!
BOXの為、大人買いしなくてはならないのが難点でしたが、それはもう大人なので「南無三!」と。二階建てマンションの踊り場から飛び降りる覚悟で買っちゃいました。





彼の長編第一作、「愛は死より冷酷」

ストーリー

犯罪組織のアジトらしき場所に閉じ込められているフランツ(ファスビンダー自身)は組織への入ることを強要されるが、拒否し続けている。フランツはそこでブルーノという男と出会い、友情を築く。フランツが釈放されたあと、ブルーノはフランツを探して放浪し、ブルーノの恋人ヨアンナの住所を探し当てる。フランツはトルコ人のポン引き殺しの疑いで、その兄弟からの報復を恐れて、恋人の家に潜伏していた。ブルーノはトルコ人殺しを提案する。殺害は成功するのだが、その際、無関係な少女まで撃ち殺してしまう。その後、三人で河川敷を散歩している際、ブルーノは職務質問してきた警官を撃ち殺す。フランツは警察に捕まり、取調べを受けている間に、ブルーノとヨアンナの間に関係ができる。三人のバランスが崩れはじめる。



感想、主要な登場人物がすべて人非人。〈人間らしい感覚〉って言われるものが全く無い。潔いくらい人非人で、どうしようもなく何かが欠けていて、そこが美しく、悲しい。
絵が唐突だし(多分、この作品の頃は下手だったのだろう)、お金もかかってないし、学生映画みたいだけど、白い壁の前で撮られた映像は圧迫感がある。音楽も綺麗なのにひっかかる感じで、最後まで眠りもせず見てしまいました。
posted by ねこめ〜わく at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月18日

シェフとギャルソン リストランテの夜

リストランテの夜  未DVD

日本公開時の邦題は「シェフとギャルソン リストランテの夜」でした。少し間延びした感があります。ビデオ化のタイトルは「リストランテの夜」。イマイチ、情景が浮かんで来ない気がします。原題を直訳し「豪華な晩餐会」としたらイメージは湧くけれどお間抜け感が残ります。とかく、邦題は難しい。公開時の邦題からして随分こねくり回しただろう苦労のあとが伺えます。

ストーリー (パンフレット引用)

ニュージャージーのイタリアン・レストランの厨房では、シェフのプリモが、並外れた技術と意思を持って、料理に集中していた。彼は単に料理を作っているのではない。新しい人生の始まりを作っているのだ。プリモは本格的なイタリアン・レストラン〈パラダイス〉を開くために、パートナーで弟のセコンドと共にイタリアからやってきた。二人の兄弟は、彼ら一家に伝わるレシピと熟練した料理の腕で、〈パラダイス〉を町一番のイタリア料理店にし、[偉大なるアメリカン・ドリーム]を実現できると信じている。
ところが、彼らの〈パラダイス〉をオープンしたこの小さな町では、客はプリモの自慢のリゾットではなく、スパゲッティやミートボールを求める。結局、彼らが日々作り出す料理の傑作は歓迎されない。ビジネスライクに営業を担当するセコンドは、客にあわせメニューを変えようとする。だが、完璧主義者のプリモは、妥協した料理を作るくらいなら、料理をしない方が良いと思っている。
〜中略〜
皮肉なことに、〈パラダイス〉を救う計画を思いつくのはパスカル(ライバル料理店のビジネス重視経営者。)だった。銀行にこれ以上の借金を断られたセコンドに、パスカルは友人でイタリア系アメリカ人の音楽家、ルイ・プリマに〈パラダイス〉で食事をするよう取り計らうことを持ち掛ける。プリモの口コミがあれば、彼のレストランもついに成功すると確信したプリモとセコンドは、すぐに、彼らの貯金の残りを[豪華な晩餐会(原題であるBIG NIGHT)]の準備に費やすことになる。






どのようにして成功するのか?兄弟のプロセスに違いはあります。けれども、何より相手のことを思いやっている。そこのところが、すごく、胸を打ちました。

出てくるイタリア料理も美味しそうなので作ってみたくなります。パンフレットにはレシピも載っているので、もし古本屋等で見つけられた際は料理好きは買いですよ。買い。

監督、脚本、そして弟役で出ているのはスタンリー・テュッチ。監督作品は少ないですが、個性派俳優としてたくさんの作品に出演しています。「ペリカン文書」、「ロード・トゥ・パーディション」、「ターミナル」、「Shall we dance?」等。愛すべきおバカ映画「ザ・コア」での鼻に付く教授役も素敵でした。
posted by ねこめ〜わく at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月17日

大感傷仮面

大感傷仮面

手元に残したい!と願った映画がたくさんある。
その多くは学生時代の観たもので、映画館に行く金もないから、レンタル屋で借りたビデオ、深夜枠のテレビ映画などがほとんどだった。

誰もが見るようなハリウッド作品も観たけれど記憶に残る多くは、ジャンル分けし難い映画や、低予算でクセのある映画だった。チープな作品も多かったけれど、何故かまた観てみたいものばかりだ。

今、急に思い出したのだけれど、「大感傷仮面」がどこかでDVD化されないだろうか?

年間、公開される映画の本数は500本程度らしい。一日一本では追いつかない勘定になる。では年間に発売されるDVDのタイトル数はいくらくらいだろう?試しにgoogleで調べてみた。・・・が、良いデータが見つからなかった。

感覚でいうと、年間公開の映画の総数より格段に多いと思う。劇場で採算が取れた作品は更なる収入をDVD化に求めるだろうし、採算が取れなかった作品はDVD化で少しでも赤字を減らそうとするだろう。過去の映画のDVD化もあるし、劇場未公開映画のDVD化もある。さらに、いつまで続くか分からないマニア向けのデレクターズカット、リマスター版での焼き直し等の増殖を含めるとその数は倍で済まないように思う。

しかし、毎年たくさんの作品が発売されようとも、ソフトを扱うショップの売り場面積は限られている。例え大きなショップあっても大部分が陳列されることは難しいだろう。また仮にそれだけのアイテム数を揃えたとしても、顧客がソフトの海に投げ出される格好になる訳で、アイテム数に比例して売り上げが伸びるとは考え難い。デッドストックが増えて経営を圧迫しそうだ。

商売だから当たり前のことだけど、売り手側としては「良い悪いは関係なく、売れるものだけを作りたい(置いていたい)。」と考えるはず。で、あるなら、みんなが知っている作品の方が良い。過去の実績があるからカス掴むことも少ないし、余分な広告のコストが要らない。(大部分の人はそんな暇じゃないから本やインターネットで調べたり、足を使って逐一ジャケットの裏なんか眺めたりしないと思うの。)有名な作品、信者のいる作品。映画化して間もない作品をDVD化していくことになる。

当然、僕が学生時代に観たレンタルビデオや深夜映画は蚊帳の外。マイナーなものが多かったし、どちらかというといつもは脇を固める役どころの俳優が画面中心で頑張っていた。

デジタル化して文化として残っていかないものだろうか?と夢想する。
そんな大層なもんじゃないけど。

http://www.sankei.co.jp/news/060516/kei114.htm
このニュースを読んでそんなこと考えてみた。
posted by ねこめ〜わく at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

アサルト13

アサルト13

渋めのアクション映画です。プロット重視。違いの分かるおっちゃんにお薦め。

goo映画より引用

ストーリー

雪の舞う大晦日のデトロイト。潜入捜査の失敗によるトラウマからデスクワークに就いている元麻薬捜査官ローニックは、老朽化のため年内で閉鎖予定の13分署で残務処理を行っていた。TVでは暗黒街の大物マリオ・ビショップの逮捕が報道されている。そんな折、囚人護送中のバスから、吹雪で進めないので13分署に一時避難させてくれとの無線が舞い込む。バスに中には話題の大物ビショップの姿があった。一抹の不安を覚えつつ囚人たちを拘留するローニック。その不安は的中する。ビショップの命を狙って何者かが署内に侵入したのだ!


西部劇の傑作「リオ・ブラボー」に影響を受け、カーペンターが作ったのが「要塞警察」。設定の意味を考えず拝借したのが「スズメバチ」。ヘンコツなカーペンターに許可を取って作ったのが本作「アサルト13」。

繰り返される古典には美しい型がある。話の骨格と言おうか、テーマと言おうか、何度繰り返されても色褪せない核のようなものがある。「オデュッセイア」「オセロ」「ロミオとジュリエット」等、手をかえ品をかえ作品化されている。「2001年宇宙の旅」も原題はスペース・オデュッセイアだし。

この作品の(核っていうと大げさなので)設定は『外界から隔絶したボロ屋を、話の通じない無法者軍団取り囲まれて、逃げることも出来ない少数が戦いを余儀なくされる。』ってところだろう。要するに悪夢のような袋小路。付け加え(傷ついたヒーロー)ローニックと(強靭で冷酷な)ビショップの対比、極限状態での連帯がストーリーを紡いでいく。

戦いは絶望的なので当然、問題は外だけに収まらない。内輪もめ、離反者、懐疑(内通者がいるのでは?)なんて問題も起こりうる。

本当に面白い(と僕は思う)のでネタばらししたくない。ので、抽象的に。

この映画がオリジナルの要塞警察より優れている点。
@無法者が襲う理由に論理的な必然性があり、物語のクライマックスまでサスペンス要素が維持される。
Aオリジナルより予算が大きいからセットが安っぽく見えない。
B上と被るが俳優の演技が優れている。

posted by ねこめ〜わく at 23:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

ふたりにクギづけ

ふたりにクギづけ

DVDジャケット引用
以下、ストーリー

ボブとウォルトは双子の兄弟。俳優志望で社交的な性格のウォルトは、バーであった女性も簡単に口説き落とせるプレイボーイ。かたや少々引っ込み思案でオクテなボブは、ネットで知り合い3年間メル友のメイにさえ兄弟の[秘密]を打ち明けることが出来ずにいた。それは生まれてから片時も離れず、ずっと寄り添ってきた兄弟の[秘密]・・・それはお互いが腰の部分でくっついている結合双生児であること。そんな二人は、役者になるというウォルドの夢を叶えるため、住み慣れた田舎町を離れ夢の都ハリウッドへと向かう。





監督はピーター、ボビーのファレリー兄弟。良質なコメディ作品を作り続けています。有名な作品と言えば、「メリーに首ったけ」「愛しのローズマリー」「ジム・キャリーはMr.ダマー」。

この二人の作品にはよく、タブーとされそうな設定、ビンボールすれすれのギャク(ブラック、下品)が出てきます。この作品もそうです。しかし、不快感を感じさせません。友人とふざけあっているような感覚で、妙に笑えるのです。二人の被写体への愛ゆえかもしれません。

本作では結合双生児という映画会社が取り扱うことさえ忌諱しそうな題材が描かれています。(実際、何年もお蔵入りになっていた。)しかし、映画描かれている内容は差別的な笑いを取り込まず、逆に笑っている奴を笑い飛ばす明るさであり、強さです。そしてまた、ホロリとさせるのです。

とにかく始めの三分だけでも騙されたと思って見て欲しい。良い映画の中には始めの三分みただけで面白いと分かる作品があるけれど、この作品はまさにそうだから。

ボブとウォルトが経営しているハンバーガーショップには「規定の時間内に商品を渡せないとタダ!!」ってルールがある。おそらく、それ目当てで来るお客もいるだろう。大の男6,7人のバーガーを結合したふたりがチームプレーで作る様子が収められている。物凄いスピード!これを観るだけでも十分に元が取れる。

他にも双生児のボクシング、アメフト、テニス、アイスホッケー等、なかなかお目に掛かれない映像たっぷり。

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posted by ねこめ〜わく at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

ブロークン・フラワーズ

かつてのプレイボーイ、ドン・ジョンストンも年を重ね、斜陽気味。
恋人のシェリーも荷物をまとめてドアのそば。
「老いたドンファンに用はないの」
家を出て行ってしまう。

丁度、その頃届いていたピンク色の封筒。

人生ってフシギないたずらをするものね。
あなたと別れて20年が経ちました。
息子はもうすぐ19歳になります。
あなたの子です。
別れたあと、妊娠に気づいたの。
現実を受け入れ、ひとりで育てました。
内気で秘密主義の子だけれど、想像力は豊かです。
彼は二日前、急に旅に出ました。
きっと父親を探すつもりでしょう・・・。


差出人も住所も無い。

ミステリ好きの隣人の説得もあり、彼は差出人を探す旅に出る。




「復讐だとしたら、すごく素敵だなぁ。」と感心してしまいました。
全部、自分でけじめつけてから、涼しい顔して爆弾を放り込むの。
ほ〜ら、わたしを探してごらん。覚えているでしょ?


posted by ねこめ〜わく at 23:57| Comment(2) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

ヒストリー・オブ・バイオレンス

ヒストリー・オブ・バイオレンス
 
最近、映画館に見に行ったので、忘れないうちに書きます。

ストーリー

インディアナ州の小さな町の田舎町、トム・ストールは妻エディ(弁護士)、それに2人の子供たちと幸せに暮らしていた。トムは小さな食堂を経営しており、夫婦仲も良好。(上の子が高校生くらいであることを考えると、ありえないくらいラブラブなのだ)。 慎ましやかながらも順風満帆。

けれども、ある夜、トムの食堂が二人組の強盗に襲われることから世界が崩れ始める。閉店を告げるトムを無視し、注文をする強盗。銃を取り出し、出入り口のドアを塞いでしまう。トムがレジを開き、有り金を渡して出て行ってもらおうと交渉するが、埒があかない。ついに強盗は客の頭に銃を突きつける。臨界点を越えつつある危険にトムは隙をついて銃を奪い取り、無駄の無い動きで二人の息の根を止める。店員、店の客を救う「有り得ないくらい完璧な」正当防衛だった。

テレビカメラが押し寄せ、新聞の一面を飾る。トムは一夜にして有名になった。居心地の悪さを感じるトムだったが、家族は彼のとった行動を誇りに思っていた。そして、またいつも通りの家族の静かな生活に戻るはずだった。

 数日後、ニュースの影響で大盛況の店に、違和感のある男フォガティとその手下がやってくる。まるで古い友人のように彼はトムのことをジョーイと呼んだ。トムは人違いであると答えるが、フォガティは掛けていたサングラスを外し、えぐれた片目を見せ付けて笑ったあと、店から出ていく。

その日からフォガティのかげがストール家に付きまとう。





監督はデヴィット・クローネンバーグ。作品としては「ザ・フライ」が有名です。その他の作品としては「ヴィデオ・ドローム」「戦慄の絆」「裸のランチ」「イグジステンス」等。人間がそれ以外の何か(機械、えたいの知れないもの)に変わってしまう映画を撮り続けているちょっぴり変態さん。本作では暴力と暴力の残す影響により、世界(一つの家庭)が一転する様を描いています。

 テーマ性ゆえ彼の作品は突飛な世界で描かれることが多いのですが、ヒストリー・オブ・バイオレンスはアメリカの田舎町を舞台にしている為、突き抜けた展開はありません。

 しかし、暴力シーンのリアルさ(そばで人が殺されたかのような嫌ぁ〜な気分にさせてくれる)は十分にクローネンバーグ印なので、ファンの方にもお薦めです。クローネンバーグの映画にはいつも生々しい生や死が描かれますが、彼の経歴を見てすこし納得。大学は生化学専攻でした。若い頃から好きだったのね。

主人公、トムをヴィゴ・モーテンセン。有名な作品でいえば「ロード・オブ・ザ・リング」のアラルゴン。しかし、下積み時代の「悪魔のいけにえ3」をフィルモグラフィーから消したとの噂が・・・。誰にも消したい過去がある。寡黙な男を背中で演じる力量はそうやって育まれたのかもしれません。作中の彼の無表情はかなりの説得力です。

妻、エディにマリア・ベロ。自然と映画に溶け込んでしまうけれど、しっかり存在感をみせる実力派女優さんです。要塞警察のリメイク、「アサルト13」での神経質な精神医役も良い演技でした。

忍び寄る男、フォガティにエド・ハリス。この映画で一押しのキャラです。自分の目をえぐった男にじわしわと圧力をかけていく不気味な迫力に積年の恨みを感じます。『相手はすでに社会的地位を得て、逃げることができない。熱くなることはない。ゆっくりと、この瞬間を楽しもう。』といった感じの彼の演技はベスト・オブ・悪人です。
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2006年05月10日

スクール・オブ・ロック 後編

スクール・オブ・ロック 後編

ストーリー
ロックをこよなく愛するデューイは、ステージでの破天荒ぶりが過ぎて自ら結成したバンドを首になってしまう。さらにルームメイトのネッドからは滞納していた家賃を催促され、途方に暮れていた。いよいよ愛用のギターを売ろうというとき、一本の電話が入る。それは有名私立小学校からのもので、「ネッドを代用教師として雇いたい」という内容だった。仕事が必要なデューイはネッドになりすまし、エリート小学校の教員になる。はじめは教える気なんてさらさら無かったデューイだが、子供たちの音楽の才能を発見し、あるプロジェクトを思いつく、かくして「熱血ロックの授業」が始まった。




デューイ・フィン扮するジャック・ブラックはミュージシャンであると同時にたくさんの映画で「存在感」を発揮している俳優で、最近の出演と言えば、「キング・コング」の映画監督です。他にも「ハイ・フェディリティ」「愛しのローズマリー」「オレンジ・カウンティ」などに出演しております。(何気に映画選びが上手い。)
見たこと無い人にイメージしてもらうとすれば、落ち着きを取り払った、白ポチャの松崎しげる、といった感じです。「暑さ」、というか「濃さ」は十分に理解して頂けると思います。



その彼が「教師として教える」というより、「子供として他の子の魅力を引き出す」のが本作品の魅力です。ロックを語る(教える)ジャック・ブラックは水を得た魚のようで、自身と子供、どちらが楽しんでいるのか分かりません。ちゃっかり自分の見せ場を作ろうとする「子供っぽい」ところもあります。でも、そこがいいんです。子供目線で子供を引っ張るところが、すごく面白い。なにより、引き込まれるようにクラスが一体となり、子供たちが生き生きとしていく様はなにものにも代えがたいカタルシスです。
posted by ねこめ〜わく at 21:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

スクール・オブ・ロック  前編

「孫」は良く出来た歌である。皆さん!大泉逸郎に学ぶべきでぃすよ。

仕事の話。
手違いがあり、仕入先から間違った商品が届いてしまった。お客様に謝った上で、その日のうちに該当する商品を引き渡すことになったのだが、お客様の怒りは収まらない。とってもデンジャラスらしい。取り急ぎ、商品を持って「社長宅に来い!」と、いうことになっていた。




















僕の知らないうちに。













 愚痴らせて頂くとでぃすね、僕はこの件に関わっていない訳でぃすよ。担当でもない。そして僕がとっても役に立つ人間だとか、クレーム処理のエキスパートだとか、あるいは担当部門の上役だとか、万人を納得させる理由、いや、十人中五人を納得させる理由でも構わない、が、全然、無いのです。理由を求めるなら、うーん、えーっと

―――たまたま、そこにいた。



・・・災害だってみんなそうさ。そう、悲しみは、突然だもの
























あぁ、今なら、お客様コールセンターの派遣社員の気持ちが分かる。









穏やかならぬ心境で社長宅まで向かい、「えいや」とインターホンを押すとですね。













返事がありません。















頭に浮かぶ選択肢。
1、 商品と書置きを残し、逃げる。(きっと自由に空も飛べるはず。)
2、 お客様の会社に連絡し、対応を考える。(そんな私のアズユーライク)
3、 とりあえず、数分待ってみる。(全く!現代人は時間に細かすぎる!)

1番の対応は後々お客様の気持ちをくすぶらせることになりかねない、かも。2番が無難かなぁ?あ、でも、ちょっと煙草買いに行っただけかもしれない。本人が来るように促したってこともある。手間を取らせるし、それは最後の策にして、ひとまず、ものぐさな3番。

呼びかけてみたり、インターホン押してみたりして、少し待っているとですね。出てきました!












小さな子が、三輪車に乗って



正直、大きな鬼瓦がドン!を予期していたので、かなり気が抜けました。




変なもの見つけたかのように近づいてくるので、こちらも犬猫と戯れるように遊びました。はい。ぶぅーん、ぶぅーん。





十分くらい経ち、社長様らしき人ご帰還。推定年齢、六十後半、なるほど、怒ったら怖そうです。それに『こいつ誰?』って表情を浮かべています。





謝りの口上を述べ、商品を届けにきた旨を説明しました。表情は硬かったものの、「お子さま、利発ですね」真実を述べたところから一転、えびす顔です。人の顔って随分アクロバティックな変化をするものですね。






その後、少しの間、庭を暴走する黄色い三輪車を追い掛け回すと、円満解決となりました。ぶぅーん、ぶぅーん。











そんでもって、映画の話。
昔から子は鎹(かすがい)と申します。しかし、(助けられてなんですが)子供が絶えず自身を『鎹』と自覚しなくちゃならない状況ってやつぁ、理想的と呼べない気がします。映画で観るなら奔放に振舞う子供が見たい!そこで紹介したいのが「スクール・オブ・ロック」(DVDあり)です。

ここで時間となりましたぁ。書くのに手間取ったので残りはまた今度。
posted by ねこめ〜わく at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

どつかれてアンダルシア(仮) 

字幕と吹き替えの話。

映画を観ていると、字数の関係で長い台詞が一言で済まされたり、クセのある悪態が「くそったれ!」としか表記されなかったり、実際はどう喋っているのか?気になることがあります。

試しに「パルプ・フィクション」のスクリーン・プレイ(英語勉強用の教材)を買ってみたのですが、出るわ出るわ。使っちゃ駄目な単語の山。

まぁ、ダントツでfuckの派生語が多いですが、Poop-butt(poopはうんち、buttはお尻で「間抜け」、「役立たず」の意)やdickless piece of shit(カマ野郎) 等、下ネタは向こうでも通用するようです。また、南北戦争の頃からの南は粗野ってイメージは健在らしく、hillbilly looking(ド田舎風)なんて言葉を見つけました。うーん、面白い。

と、楽しんで調べた訳ですが、たとえ海外旅行しようとも使う機会はなさそうです。本当にありがとうございました。


このように「そのまんま映画を観られたら楽しいだろうなぁ!」とたまに考えますが、ものによっては日本語版の方が面白いなんてこともあります。

それは吹き替え版です。例えばドラマの実写版「バットマン」はどこを切っても緊張感の無い、ゆる〜い作品ですが、声優さんの飽くなきサービス精神により生み出された(脚本には無いだろう)言葉の数々。物語に新しい魅力を吹き込み、傑作と呼ぶに相応しい出来栄えに仕上がっています。

・・・ただ如何せんそれが本編の魅力か?と問われると痛い。無理やり面白さをねじ込んだ感は否めない訳ですよ。

そこで今回、紹介したい映画が「どつかれてアンダルシア(仮)」(DVDあり)です。漫才をモチーフにした映画なので、作品そのものの魅力の上に、声優さんの演技力が無理なく加わってもはや無敵。ベスト・オブ・吹き替え映画です。

―――以下、パッケージのあらすじを引用―――
日本古来の伝統と思われていた「どつき漫才」。しかし、大胆にもそれを武器にショービジネス界をのし上がっていく二人の男がいた。舞台は73年のスペイン。コンビ名は「ニノ&ブルーノ」。やせのブルーノがでぶのニノをどつくというスタイルで、場末のストリップ劇場から、瞬く間に国民的な人気を誇るまでになった二人だったが、実際は殺してしまいたいほど憎しみあっていた。そして悲劇は、久々のコンビ復活ライブの晩に起こる。
―――引用終了―――

「そりゃ無いでしょ?」ってくらいエゲツない応酬が繰り返されますが、不思議なくらい後味はスッキリです。ヒューマンドラマを観た後みたい。笑って泣ける良い映画なので、どうか御照覧あれ。

(仮)が胡散臭いですが、それも特典映像を見れば試行錯誤の末のネーミングだと実感できます。
posted by ねこめ〜わく at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

ロレンツォのオイル

就寝前の歯磨きタイム、手持ち無沙汰でテレビをつける、と、ちょうど映画の始まりです。
「ほんの五分」で打ち切るはずが、グイグイ映画に引き込まれ、とうとう最後まで観てしまいました。


「ロレンツォのオイル」 DVDあり
病名、副腎白質ジストロフィ。痴呆、歩行障害、痙攣、失明、失語などの症状を経て、発症から(その時点では)長くとも2年で死に至る難病で、当時は治療の糸口さえ見つかっていない状態でした。

物語は主人公である夫婦の息子ロレンツォが、この病と宣告されるところから始まります。夫婦は医師に食い下がり、なんとか治療法を聞きだそうとしますが、効果の確認さえおぼつかない食事療法を聞き出すのがやっと。

その後、医師の指導どおり食事療法を続けますが、改善の様子は見られず、むしろ病状は悪化するばかり。とうとう夫婦はある決断をします。我が子を救うため、ずぶの素人ながら自ら医学論文を読み、猛烈に勉強し始めたのです。以上、あらすじ。

途方も無い話に聞こえますが、これ、事実に基づくそうです。

闘病ものの作品ですが、息子を救おうとする両親の行動には悲壮感というより、鬼気迫るものを感じました。真摯で、誠実で、決して折れることがない。ふと、横田夫妻のことが頭に浮かびました。我が子を救い出す為に自身が行えることは、すべて取り組む。すごく深く強い想い。にもかかわらず、表にでる表情は冷静で態度も紳士的です。静かな決意が世界を動かしていくところも本作品と被ります。

演出も医師を単にワルモノ扱いせず、煽ったりしないので好感が持てます。至極当然なことですが、立場ごとに考え方やモラルは異なります。それ故の意見の隔たり、問題解決への阻害要因もあることでしょう。しかし、それを無かったことにすれば甘〜い絵空事になってしまう。この作品では主人公である夫婦の他にも、医師、家族の会、雇われの介護士等いろいろな視点が示されていて、そのことが作品に深みを与えています。
posted by ねこめ〜わく at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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