2007年08月06日

恐怖劇場 アンバランス 3話「殺しのゲーム」

恐怖劇場 アンバランス 3話「殺しのゲーム」

あらすじ
〜ジャケット裏引用〜
自分が不治の病である事を知った岡田(岡田英次)のもとに、見知らぬ男が現れた。鈴木と名乗るその男は、自分もまた余命いくばくもないことを告げ、岡田に「奇妙な提案」を持ちかける。だがそれは、死の恐怖から逃れるため“互いの命を狙い合う”という「殺しのゲーム」だったのだ−。


物語を読み終えた際、余韻を残す作品は楽しい。ゲームに関わりたくない岡田と執拗に迫る鈴木。鈴木にとって向かってこない岡田を殺すことはゲームにならない。『平行線を辿るかに見えたゲームが何によって変化をきたすのか?』がこの映画の肝にあたる。

自身の命が消え去りそうな時でさえ残る激情って一体どんなものなのだろう?

観終わった後、ゲームのルールを作った鈴木の捩れた愛情を想う。

岡田が別の選択を選んだなら、鈴木はどう振舞っただろう?

鈴木の言葉はどこまで真実だったのだろうか?
posted by ねこめ〜わく at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月29日

地ニッポンの酒計画 

難波もよくよく歩くようになったので、天王寺をすっ飛ばして堺東まで南下。

地酒の多そうな居酒屋にゴー。



店内ガラーン。


嫌な予感を感じつつもオーダーをかける。和テイストな店内だったので、ハズし難そうな緑茶の地豆腐と黒豆の枝豆を頼む。

しばらくして注文聞いた娘と厨房の子の会話が聞こえる。どうやら緑茶の豆腐は売り切れらしい。厨房まで4メーターも離れていない距離なので、筒抜けといっていい。厨房からは死角になる席に案内したものだから、気が抜けているようだ。黒胡麻の豆腐を薦めるよう男の子指示。女の子スルーでも通りそうなものだが中継。こちらはそう気分でもなかったので別の豆腐を注文。聞こえているだろうけど、中継される。しばらくして黒胡麻しか無いと伝言を受ける。始めから言っときゃいいのに。

仕方なく黒胡麻豆腐注文。その後、酒、豆腐が届き、またしばらくして枝豆っぽいのが届く。豆と皮がくっつくまで煮立てたられたのが。きっと合議の間も熱心に茹で上げられていたのだろう。触ると熱い。ゆで汁で皿底がヒタヒタだ。

豆がはみ出るまで煮立てている見映えに関しては文句を言うまい。ただ黒豆の香ばしさどころか何豆かも分からないくらい味の抜けきった枝豆はもはや商品と呼べまい。正直、中国で食べた落花生を蒸しすぎた何かより不味かった。文句言わないけど、二度と足を運ばないことを誓う。

少しして向こうから声を潜めたっぽい会話が聞こえる。

金曜日ってさー、ヒマなんだよねー(男の子)

えー何でー(女の子)

仕事関係の打ち上げは金曜日だけどねー、土曜日はカップルかモテない奴しか来ないし、ここで働きはじめて分かったんだけどねー(男の子)





クリアーに聞こえますー。
悲しいですー。バイト君に気まぐれ調理させる責任者不在の居酒屋なんて潰れればいいですー。又吉イエスに呪い殺されればいいですー。
posted by ねこめ〜わく at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月12日

犬募金と托鉢僧

ちょっと前、東京に行ったときの話。

新宿駅に着いたら、身寄りの無い犬救済を訴える募金と托鉢僧が並んでいた。犬を救えの方は四五人のグループで、托鉢僧は一人。

何故並んでいたのか?理由は分からない。ただ、シナジー効果はあまり期待出来無いように思えた。

遠くから眺めていると、予想通り犬募金の方が多く人を集めているようだった。

通りに接して違った集金が並列している為、通り過ぎる場合どちらもを目の当たりにする。

考えすぎかもしれないが、どちらかに募金して、どちらかに募金しなかったとすれば、何らかの意思を示したかのように見えないかな?

何を信じて何を信じないか?とか、当人にとって何が善行であるか?とか。

当然[どちらにも関わらない]or[どちらとも関わる]てな決断もありうる訳だけど、ひっくるめて心理テストになりそうに思えた。

僕はというと、ぼーっと観察した後、あまりにも托鉢僧の方に喜捨が少ないのに業を煮やし、托鉢僧に関わった、と。チリンチリンとフェードアウトするまで鳴らしてくれた、と。結構恥ずかしかった、と。




posted by ねこめ〜わく at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月05日

とか

とかく、この世は住みづらく、めんどっちーことがあふれているであります。

最近気に入ってる言葉がありまして、題にもしている「とか」なんですけれども、この言葉にはなんとも言えぬ興味の無さ、テキトーさが溢れていてるように感じます。「○○とか、○○とか」という風に二回以上重ねて使用するのが言語的に正しい使い方ではありますが、むしろ、一回こっきりでの使用をオススメします。



あぁ、沖縄とか、行きたい。







楽になりてー。
posted by ねこめ〜わく at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月07日

「屁」と「オナラ」

FM802のヒロティ モーニングジャムという番組の中に「語源の旅」というコーナーがある。身近な言葉の語源を紐解く企画なのだが、たまにラジオをつけるとついつい聴き入ってしまう。

本日のお題は「屁」と「オナラ」。

「オナラ」とは「屁」の婉曲表現で、「(音を)鳴らす」から来ているらしい。
つまり、音がならないのが「屁」、なるのが「オナラ」となる。
「すかしっ屁」とか言うもんね。

ここで何の学術的見地にも立てず、考えてみた。同じお尻から出てくるガスでありながら、「屁」には強烈な臭いをイメージし、「オナラ」にはそうも強いイメージを抱かないのか?


零、「屁」=へ。は行は抜ける音なので、強いイメージを抱かない。

一、自発的に吐き出す「オナラ」に較べて、我慢に我慢を重ねた「屁」には圧縮された濃度がある。

二、堪え切れず漏らしてしまう場合でも、ばれないように済まそうとする「屁」には勢いがなく、空気中に分散し難い。知覚してしまった頃には濃いエッセンスのすぐ傍にいる。

三、「オナラ」は発覚するので、周囲の人間に事前に覚悟が生まれる。「その場から離れる」、「鼻をつまむ」等なんらかの対策が講じられる。対して「屁」は無防備な人間を襲う。容赦無く襲う。

四、臭気の薄い、または関知されなかった「屁」は「屁」とカウントされない可能性。我々はここに大きな犯罪を見落とし続けてきたのかもしれない。
posted by ねこめ〜わく at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

ハンニバル・ライジング

ハンニバル・ライジング

「羊たちの沈黙」、「ハンニバル」、「レッド・ドラゴン」と観ているので、なんとなしに映画館に向かいました。内容は闇のヒーロー、ハンニバル・レクター博士誕生秘話です。シリーズを通して登場するのはレクター博士のみですが、本作は幼少期、青年期の彼を描いているので、アンソニー・ホプキンス爺は出てきません。近年たびたび見かける「ビギニングもの」の根底にはハリウッドの深刻なアイデア枯渇がありそうですが、あまり知られていない俳優さんを前面に押し出せるという点に置いて、悪くないものかもしれません。主演のギャスパー・ウリエルは表情が読めず不気味で、どことなくホプキンス翁が演じたレクター博士を想起させます。ストーリーが平坦で、主役の演技にかかる比重の大きな映画ですが、彼が芸達者であることに救われています。「製作側がもう少し想像力を掻き立てるような演出を心掛けてくれたら」と悔やまれます。分かり易さに執着し過ぎた感が。

映画を観てわかること。
「レクター博士が何故カニバニズムに目覚めちゃったのか?」
「トレードマークでもあるオールバックはいつから始めたのか?」
「レクター博士の、多分、初恋」

絵は綺麗。残酷描写もほどほどにありますが、あんまり怖く無いです。思いつく理由は「悪人が悪人をいびり殺しているようにしか見えないから」。復讐モノですが、きっかけになる仕打ちの描かれ方がぼやけています。また、復讐者であるハンニバルに心の揺れがほとんど感じられません。割とメタルブラックです。我々、一般人?にとって彼岸の話なので、「チンタラしてないで、サクっとやっちゃえよ、you!」となります。あんまり怖くありません。

そのほかの面白かったところというと、大げさな日本文化に対する描写でして、すべては劇場にて楽しんで貰いたいところです。「まともに日本文化を表現したら、映画栄えしないよなぁ」と思いつつ、スクリーンに展開されるエキゾチックジャパンに当惑するねこめ〜わくでありました。おそまつ。
posted by ねこめ〜わく at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

ファビュラス・バーカー・ボーイズ、来月で最終回

ファビュラス・バーカー・ボーイズ、来月で最終回

あぁ、終にこの時が来てしまったか。雑誌の作りの変化から随分浮いてしまったように見えていたけれど、とっても残念だ。

ファビュラス・バーカー・ボーイズ、来月で最終回。広告的要素が強く、企業寄りの記事が目立つ映画評の中で、確固たる見立てと知の深さを元に、一観客の視点で作られた質の良い記事だったのに。

ファビュラス・バーカー・ボーイズとは、ウェイン町山こと町山智浩さんとガース柳下こと柳下毅一郎さんのユニット名であり、彼らは雑誌「映画秘宝」の中で毎回2ページを割いて、その時期公開中の映画について、論評する(好き放題喋る)コーナーを持っていた。

話し言葉で、冗談を交えて書いてあるから、軽く読めてしまうけれど「プロがただの映画好きとして書く、それが商業誌に載る」ということには、相応の覚悟、反骨心が無いと出来ないことと推察する。

反骨とはファッションでも、反体制を気取ることでも無い。目の前の出来事に素直であること、内なる声に率直であること。無知を誇らず、知に溺れないこと。拠るべき大樹を持たぬそういう在り方は難しいことだけれど、検証無しの「反骨っぽい」で満足なら文化として価値が無い。自身で何も考えず、何も構築出来ないのだから。
posted by ねこめ〜わく at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月09日

楽しさを別に見い出してでも、やった方がいいことはある。が、

常々、売れるモノとその傾向ってのに興味があるのだが、つい最近テレビで見た感じだと、「モチベーション」を無理矢理上げてくれる商品が注目されているらしい。

「人生銀行」という貯金箱は、目標金額を設定、ランダムで二十種類の職業から一つが決まり、お金を入れるごとに表面のモニターに変化が。ちなみにテレビで紹介されていた時のは売れないミュージシャン。お金を中にほうり込むごとに、ファンが増え、結婚し、目標金額達成の際には、大きなホールでギターを掻き鳴らす姿が。

「てくてくエンジェル」。万歩計とたまごっちを組合せたモノ。日々ちゃんと歩かないと、液晶の向こうで小動物がグレる。


楽しさを別に見い出してでも、やった方がいいことはある。


が、その程度のモチベーションで頑張れるんだったら、端から苦労しないんじゃないかな?、と。おもちゃ目当てに通信教材を買ってしまった過去のある僕なんかは考えてしまう訳ですよ。
posted by ねこめ〜わく at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

胃もたれ

街に出てラーメンを食べた。
豚の背脂が浮いているラーメンで、んまかった。

「スーパーサイズ・ミー」って映画があった。一ヶ月特定のファーストフードしか食べないってドキュメンタリー。ラーメン屋で一ヶ月でも充分に、からだを壊す、ような気がする。しかし、「スーパーサイズ・ミー」には「ファーストフードの他に選択肢の無い地方がアメリカに存在する」って背景があったから、説得力があった訳で、別に僕が「ラーメンのみを食べて生きてゆけ!」と強制された訳でもない。いやなら喰わずばよいだけの話。・・・ただ、この胃もたれどうにかならんものか?スープを残したにも関わらず、胃が重い。年を取ったものよのぅ。

巷に流れる健康ブームってのは何故ラーメン屋に入り込まないのだろう。花王のヘルシア緑茶、サントリーの黒烏龍茶、カルピスの健茶王、ヤクルトの蕃爽麗茶(ばんそうれいちゃ)。隣に並べていれば、僕のような小心者を必ずゲットできるのに。利幅を上げたいのであれば、飲み物にそれっぽい名前を付けて、すがる人の心につけ入り高値で・・・グヘヘ、ガッポリやっちゃいますぜ、旦那。

マッチポンプ感は否めない。だけど、食べたい!けれども太りたくない!って人間は結構いると思う。そこそこに当たりそうな気がするんだけど。ウーロン茶より単価高いし。
posted by ねこめ〜わく at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月01日

桜庭さんはK1に搾取されるのをやめて、指導者に回られてみては。

またもK1で疑惑の判定が生まれたようで。
http://topics.sports.livedoor.com/article/detail-3731769.html
そして、またしても被害者は桜庭さん。

一方から抗議が起こったら、調べてみるのが審判だと思うのですが、この審判は何故か行動を起こさない。一言で示すなら「往年の悪徳レフリーにジャッジを任せたよう」。

格闘技って本気で鍛えている人たちが殴ったり蹴ったりします。だからこそ、スリリングだし、面白い。そして、そういう世界だから、主催者側には大事故が起こらないように気を配って欲しいし、真剣勝負に水を差すようなヌルいジャッジは止めて欲しい。選手にも観客にも失礼にあたる。

審判には訳も無くそうする必要が無いから、なんらかの「大人の事情」が在ったと考えるのが相応なんでしょうな。
posted by ねこめ〜わく at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。