2006年12月21日

形から生まれる実

得意先の社長が金の溜まる方法ってのを教えてくれた。
と、言っても信心、まじないの類で検証できるものでは無い。

「お札の向きを揃えて、肖像の頭から財布に仕舞う。」

それだけ。

向きを揃えるのは「丁寧に扱う」ってこと。頭から仕舞うのは「お札が財布から出て来にくいように」だそうな。

大雑把に言えば縁起担ぎ。でも、挨拶みたいに形から生まれる実もあるから「馬鹿にしたものじゃないかも」ってちょっと思った。
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2006年12月10日

硫黄島からの手紙

 硫黄島からの手紙

 この映画を、なぜ日本人の手によって製作出来なかったのだろう? 自分たちの話なのに、終ぞこれほど自然な物語は生まれなかった。

 結局、今まで作られた作品の多くが当時と正面から向き合わなかったのかもしれない。

 一年ほど前になるかな。相手さえ映せない脆弱なメンタリティで語られた戦争映画が、キャッチーな広告に乗って業績を残した。コマーシャルに映るのは死にゆく兵士たち。ヒロイックなBGM。「.泣いて気分をリフレッシュ」ってブームだったもんね。でも、それって戦争を映しているのかな?人の生き死にが関わっているとはとても思えないマイルドさで、劇場から一歩脚を踏み出せば忘れてしまう。それ以前に作られた○―レライも亡国の某も同じだった。要は軽い。その時だけ浸って楽しめるほど、軽い。

 「硫黄島からの手紙」で描かれる戦争はそうではない。過酷で、惨めたらしく、目を背けたくなるほどの地獄絵図だ。にも関わらず、この作品は僕たちに目を逸らすのを許さない。なぜなら、彼らには切なる理由があるから。そして、たとえ僕たちがその時代に生きていたとしても、同じことしか出来ないことが分かるから。

 正直、観るのが辛い。不条理であるし、何の望みも無い。ひどく滑稽で、それでいて悲しい。僕たちにできることはこの記憶を忘れずにいることだけだと思い知らされる。

 この映画には過去と向き合わない平和思想も地に足の着かない民族主義も無い。最高の反戦映画だと思う。
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2006年12月05日

サラっと耳に入り、留まる。

NHKを観ていたら、コロンビアで行なわれたチャリティーマラソンの様子が映っていた。走るのは犬。そして犬に引っ張られる飼い主。集まったお金は殉職した警官の扶養家族に送られるという。「コロンビアでは年間500人の警官が殉職する。」なんてナレーションがサラっと入る。この間、約一分ほど。軽めのバックミュージックに流されない何か。
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2006年10月04日

魔女

「魔女」
1921年製作、スウェーデン作品。監督、ベンヤミン・クリステンセン。

DVDジャケット引用
クリステンセンはここに普通の物語映画とも記録映画とも異なる、前例のないような種類の映画を作った。映画はまずあたかも大学における講義のように、古代世界における宇宙観、中世における悪魔や魔女について解説を試みる。それに続いて劇仕立てで中世の魔女の活動、魔女裁判などを見せる。映画の後半では舞台は現代(1920年頃)に移り、現代のヒステリー症の女性と中世の魔女との類似について解説が加えられる。



この映画がすべて正しいかどうかは分からないが、いくつかの根本的な謎について答えを示してくれている。

魔女が老婆の格好をしているのは何故か?
 
証言として残る悪魔との契約、儀式が突飛〔馬鹿げている〕のは何故か?

生産性の欠片も無い魔女狩りという行為が何故、社会のシステムとして運用されたのか?


「状況さえ認識できれば簡単に答えられること」なのだが、どうだろう?(推理小説の答えを知ってから読んでいない人に訊ねるようで意地が悪いが、シンプルで論理の筋道がしっかりした良問を目にすると、聞いてみたくなるのが人の常というもの。ご容赦願いたい。)僕はこの映画を観て「あぁ、そういうことか」と納得したのだが、頭の良い人なら分かっていることかもしれない。

この映画は最初から最後まで抑え目の演出で煽りが無いのだけれど、結果的にキリスト教の負の側面を描く格好になったから、ドイツやフランスでは1920年代半ばまで、アメリカでは1930年代になるまで、公開されなかった。「ホテル・ルワンダ」、つい最近の「太陽」、これから公開される「アブダクション」もそうだけど、商業はタブーとの食い合わせが悪い。

歴史があるのだからその当時の野蛮な風習を受け持つ可能性も無数にある。現在の人間が過去をとやかく言っても始まらないが、歴史を知り、そこから学ぶことは何より大切だと思う。対象になった舞台も、作られた時代も、随分と古いが、この映画は少しも古びていない。この映画に含まれる寓意は現在にも通用する。
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2006年09月15日

作ってみて分かること。

作ってみて分かること。

食べるのが好きなものだから、料理も好きで何だって挑戦してみるんだけど。時折、戸惑うことがある。

例えば、自家製でマヨネーズを作るとする。
レシピを見る。
サラダ油カップ1 酢大匙1 卵黄1個 塩小匙半分、胡椒、マスタード、適量。

・・・サラダ油をこんなに使うんだ。


別の日に自家製のカステラを作ろうと考える。材料、強力粉、卵、砂糖、蜂蜜、ざらめ。・・・砂糖からは大括りで「さとう」だよな。卵の使用量も半端じゃない、感じがする。


美味しいものは実に体に溜まる。近所の洋食屋さんのかなり旨いラタトゥユの作り方を教えて貰ったんだけど、これもまた、オリーブオイルの使用量が結構。

油ってのも美味しさの一つの要素だもんなぁ。美味しいけれど、食べ過ぎ注意、と。
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2006年09月08日

WXIII 機動警察パトレイバー 

現在公開中の怪獣映画「グエムル」にパクリ疑惑が浮上している。劇場版アニメ、パトレイバー第三弾「WXIII 機動警察パトレイバー」に設定から、怪物の造形からそっくりなのだという。確認してみた。

韓国映画「グエムル」は日本アニメの盗作だった?(痛いニュース 引用)

メタメタ似ている。ディズ二ーなら間違いなく裁判を起こすレベル。監督が「殺人の追憶」のポン・ジュノさんだったから、ちょっと期待していたのだけれど、オリジナルを作ろうとする情熱は感じられない。やっつけ仕事なのかな?

とはいえ、観客としてはあまり問題が無い。映画製作者においては無断拝借した汚名と、これから自作が無断拝借されても誰も弁護してくれないペナルティが付いちゃうけど、それは自業自得だし。

作品を楽しんだらいいのだと思う。元ネタでもある「WXIII 機動警察パトレイバー」も知られるきっかけになったし。

と、思ったら、「グエムル」擁護派の方の一部が「WXIII 機動警察パトレイバー」より『面白い』ことに『正当性』を見い出そうとしている。パクリはパクリ。面白さは面白さ。別次元の問題なのに。それにさ、『面白さ』なんて言ったらそれこそ、人それぞれでしょう?

有象無象の非難の中には、内容も確認せずに「駄作」の烙印を押しちゃう人もいるだろうから、過敏に反応しちゃう人もいるのだろうけど、だからってオリジナルの価値まで下げてほしくないなぁ。

「WXIII 機動警察パトレイバー」の面白さは怪獣にも、ロボット(パトレイバー)にもありません。(初っ端の怪獣の登場シーンは素晴らしくよく出来ていますが。)この映画で描かれているのは、一人の女博士の異常な愛情と、その対象にならない刑事の彼女に対する愛です。

焼肉を食べに行ったのに、精進料理を出されたような腹立たしさを感じる人はいるでしょうし、実際にそれが合わなかった人も大勢いたと思う。けれど、それはVに始まったことでなく、Tからそうでした。このシリーズの劇場版はパトレイバーって看板を掲げて、好きなことをやってきました。テレビアニメで活躍するメンバーはわりと蚊帳の外ですし。やり放題ともいえますが、他方、集客が見込めた分、制約少なく挑戦的な映画が作ることが出来たともいえます。(Uに至っては大傑作。僕のフェイバリット・ムービー。)

TとUのスケールからいうと、Vはとっても地味。その上、単調だし、サービス少ないし、毛色が違うから、T、Uのファンにも受けはよろしくありません。

けれど、そのやるせなさ、居心地の悪さ、なかなか消えない後味といったら十分に立派な映画なのです。その救われなさに癒される人もいるのですから、僕のように。
posted by ねこめ〜わく at 23:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

じゅくぶどう

オススメ氷菓2

フタバ「熟ぶどう」

果汁45%。二層構造で、中が葡萄のシャーベット。外がミルク。
シャーベット部分が濃い味で、果実本来の刺すような酸味がある。外のミルクと合わせて食べることで、なんとか美味しさのバランスを保っている。万人受けはしなさそうだが、癖が強い分、お好きな人にはタマラナイ感が。個人的にはこういうの大好き。
posted by ねこめ〜わく at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 甘味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

メタボリック・メランコリック

メタボリック・メランコリック

腹回りが85センチを肥えると、中性脂肪がとってもデンジャラス。
とってもアバウトで分かり易い指標でございますな。
こうやって、電気コードで腹回りをぐるっと。
物差しでしっかりと測ってっと。
ほぉ、85センチ。

ふぅ。
posted by ねこめ〜わく at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月30日

ある聖人の話

最近、とても心を打たれた記事があったので紹介します。
すこしでも多くの人に知って貰いたいので。

 産経新聞 引用
「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/16661/


第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。
 照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
 照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。
 300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの「沖縄ノート」(岩波書店)では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。
 その後、作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」(文芸春秋)で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(豊吉広英)
                  ◇
【用語解説】渡嘉敷島の集団自決
 沖縄戦開始直後の昭和20年3月28日、渡嘉敷島に上陸した米軍から逃げた多数の住民が、島北部の山中の谷間で手榴(しゅりゅう)弾のほか、鎌(かま)、鍬(くわ)などを使い自決した。武器や刃物を持っていない者は、縄で首を絞め、肉親を殺害した後に自分も命を絶つ者が出るなど悲惨を極めた。渡嘉敷村によると、現在までに判明している集団自決の死者は315人。
【用語解説】戦傷病者戦没者遺族等援護法
 日中戦争や第二次大戦で戦死、負傷した軍人や軍属、遺族らを援護するため昭和27年4月に施行。法の目的に「国家補償の精神に基づく」と明記され、障害年金や遺族年金、弔慰金などを国が支給する。サイパン島などの南方諸島や沖縄で日本軍の命を受けて行動し、戦闘により死傷した日本人についても戦闘参加者として援護対象とされている。
                  ◇
≪「大尉は自ら十字架背負った」≫
 「大尉は、自ら十字架を背負ってくれた」。沖縄戦の渡嘉敷島で起きた集団自決の「軍命令」を新証言で否定した元琉球政府職員、照屋昇雄さん(82)。島民が年金や弔慰金を受け取れるようにするために名前を使われた赤松嘉次元大尉は、一部マスコミなどから残虐な指揮官というレッテルを張られてきた。照屋さんは、自分のついた「うそ」で、赤松元大尉が長年非難され続けてきたことがつらかったという。
 赤松元大尉は昭和19年9月、海上挺身隊第3戦隊の隊長として渡嘉敷島に赴任した。任務は120キロ爆雷を積んだベニヤ製特攻艇を使った米艦船への体当たり攻撃。ところが、20年3月の米軍主力部隊上陸前、作戦秘匿を理由に出撃前に特攻艇の自沈を命じられ、終戦まで島内にとどまった。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法では、日本軍の命令での行動中に死傷した、沖縄やサイパンの一般住民は「戦闘参加者」として準軍属として扱うことになっている。厚生労働省によると、集団自決も、軍の命令なら戦闘参加者にあたるという。
 照屋さんは、本来なら渡嘉敷島で命を落とす運命だった赤松元大尉が、戦後苦しい生活を送る島民の状況に同情し、自ら十字架を背負うことを受け入れたとみている。
 こうして照屋さんらが赤松元大尉が自決を命じたとする書類を作成した結果、厚生省(当時)は32年5月、集団自決した島民を「戦闘参加者」として認定。遺族や負傷者の援護法適用が決まった。
 ただ、赤松元大尉の思いは、歴史の流れのなかで踏みにじられてきた。
 45年3月、集団自決慰霊祭出席のため渡嘉敷島に赴いた赤松元大尉は、島で抗議集会が開かれたため、慰霊祭に出席できなかった。中学の教科書ではいまだに「『集団自決』を強制されたりした人々もあった」「軍は民間人の降伏も許さず、手榴弾をくばるなどして集団的な自殺を強制した」(日本書籍)、「なかには、強制されて集団自決した人もいた」(清水書院)と記述されている。
 渡嘉敷村によると、集団自決で亡くなったと確認されているのは315人。平成5年、渡嘉敷島北部の集団自決跡地に建てられた碑には、「軍命令」とは一切刻まれていない。渡嘉敷村の関係者が議論を重ねた末の文章だという。村歴史民俗資料館には、赤松元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った恩賜の銀時計も飾られている。
 同村の担当者は「命令があったかどうかは、いろいろな問題があるので、はっきりとは言えない。しかし、命令があったという人に実際に確認するとあやふやなことが多いのは事実。島民としては、『命令はなかった』というのが、本当のところではないか」と話した。
 今回の照屋さんの証言について、「沖縄集団自決冤罪(えんざい)訴訟を支援する会」の松本藤一弁護士は「虚偽の自決命令がなぜ広がったのか長らく疑問だったが、援護法申請のためであったことが明らかになった。決定的な事実だ。赤松隊長の同意については初めて聞く話なので、さらに調査したい」とコメント。昨年、匿名を条件に照屋さんから話を聞いていた自由主義史観研究会の代表、藤岡信勝拓殖大教授は「名前を明かしたら沖縄では生きていけないと口止めされていたが、今回全面的に証言することを決断されたことに感動している。また一つ歴史の真実が明らかになったことを喜びたい」と話している。
 照屋さんは、CS放送「日本文化チャンネル桜」でも同様の内容を証言。その様子は同社ホームページで視聴することができる。
                  ◇
≪「真実はっきりさせようと思った≫
 照屋昇雄さんへの一問一答は次の通り。
 −−なぜ今になって当時のことを話すことにしたのか
 「今まで隠し通してきたが、もう私は年。いつ死ぬかわからない。真実をはっきりさせようと思った」
 −−当時の立場は
 「琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員の立場にあった。以前は新聞記者をしていたが、政府関係者から『援護法ができて、軍人関係の調査を行うからこないか』と言われ審査委員になった。私は、島民にアンケートを出したり、直接聞き取り調査を行うことで、援護法の適用を受ける資格があるかどうかを調べた」
 −−渡嘉敷ではどれぐらい聞き取り調査をしたのか
 「1週間ほど滞在し、100人以上から話を聞いた」
 −−その中に、集団自決が軍の命令だと証言した住民はいるのか
 「1人もいなかった。これは断言する。女も男も集めて調査した」
 −−ではなぜ集団自決をしたのか
 「民間人から召集して作った防衛隊の隊員には手榴(しゅりゅう)弾が渡されており、隊員が家族のところに逃げ、そこで爆発させた。隊長が(自決用の手榴弾を住民に)渡したというのもうそ。座間味島で先に集団自決があったが、それを聞いた島民は混乱していた。沖縄には、一門で同じ墓に入ろう、どうせ死ぬのなら、家族みんなで死のうという考えがあった。さらに、軍国主義のうちてしやまん、1人殺して死のう、という雰囲気があるなか、隣の島で住民全員が自決したといううわさが流れ、どうしようかというとき、自決しようという声が上がり、みんなが自決していった」
 −−集団自決を軍命令とした経緯は
 「何とか援護金を取らせようと調査し、(厚生省の)援護課に社会局長もわれわれも『この島は貧困にあえいでいるから出してくれないか』と頼んだ。南方連絡事務所の人は泣きながらお願いしていた。でも厚生省が『だめだ。日本にはたくさん(自決した人が)いる』と突っぱねた。『軍隊の隊長の命令なら救うことはできるのか』と聞くと、厚生省も『いいですよ』と認めてくれた」
 −−赤松元大尉の反応は
 「厚生省の課長から『赤松さんが村を救うため、十字架を背負うと言ってくれた』と言われた。喜んだ(当時の)玉井喜八村長が赤松さんに会いに行ったら『隊長命令とする命令書を作ってくれ。そしたら判を押してサインする』と言ってくれたそうだ。赤松隊長は、重い十字架を背負ってくれた」
 「私が資料を読み、もう一人の担当が『住民に告ぐ』とする自決を命令した形にする文書を作った。『死して国のためにご奉公せよ』といったようなことを書いたと思う。しかし、金を取るためにこんなことをやったなんてことが出たら大変なことになってしまう。私、もう一人の担当者、さらに玉井村長とともに『この話は墓場まで持っていこう』と誓った」
 −−住民は、このことを知っていたのか
 「住民は分かっていた。だから、どんな人が来ても(真相は)絶対言わなかった」
 −−あらためて、なぜ、今証言するのか
 「赤松隊長が余命3カ月となったとき、玉井村長に『私は3カ月しか命がない。だから、私が命令したという部分は訂正してくれないか』と要請があったそうだ。でも、(明らかにして)消したら、お金を受け取っている人がどうなるか分からない。赤松隊長が新聞や本に『鬼だ』などと書かれるのを見るたび『悪いことをしました』と手を合わせていた。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂ける思い、胸に短刀を刺される思いだった。玉井村長も亡くなった。赤松隊長や玉井村長に安らかに眠ってもらうためには、私が言わなきゃいけない」




先の大戦において、沖縄は捨石になりました。そこに残された人々を救うため、自ら悪役を演じた赤松さんの行為は杉浦千畝と並び賞賛されるべきことだと思います。

しかし、このことについて一部のメディアしか取り上げていません。我が身のことになると、メディアは著しく意味を成さない。誤りを正すことによって、自らの言質を軽くするかのように、腰が重い。

ここで書くことが何の力になるのか分かりませんが、読んで下さった方、ありがとうございます。

一日も早く、赤松さんのいわれなき罪が晴れますように。
posted by ねこめ〜わく at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

ユナイテッド93

 ユナイテッド93

 基本的に目から得た情報は拭い難い。例えば、手品。無から有を生み出すことなんて、論理的にありえない。なのに、皆が皆、大仰に驚いてみたりする。「在り得なさ」を楽しみに来ているのだから当然なのだけど、何故、人が「在り得ない」と驚くのか?ということを考えると、目に対する絶大の信頼に行き着く。目にしたものは受け入れてしまう。暗闇に対する恐怖を想像するまでもなく、目を閉じて三歩歩いてみれば簡単に理解できる。「見えていない」と極端に不自由になる。それだけ目に頼っている。見たものを信じないと生が成り立たない。

 視界に入るものはとめどない。目を開いている限り絶え間なく入り込む。だから、全部受け止めてなんかやってられない。見ているようで見ていなくて、見ていないようで見ていることがたくさんあったりする。信号待ちで突っ立っていても、信号機の向こう看板までは見えていなかったり、ぼーっと眺めているだけのテレビの内容を急に思い出したり。

 生きている限りすべてを意識的に受け取るってことは難しい。メディア・リテラシーってのも大切だけれど、受取り手の自助努力だけに頼ってはなかなか進展しないよね。

 実際の事件を元に、ドキュメンタリーっぽい作りの映画を作るとしたら、それ相応の慎重さがあって欲しい。それが現在に続くナイーブな問題であるのならなおさら。相応の但し書きをつけるとか、どうにかならなかったのかな?それで金儲けしているのに。

 飛行機は錐揉み状態、足元も覚束ない機内なのに、華奢な台車一つでどうやってコクピットのドアをブチ破れるのか?この描写にはあきらかなフィクションが含まれていると思う。そうあって欲しい願望。テロリストが体育1か2にしか見えないのもそう。マクロな惨劇としてより、ミクロな悲劇として消化したい願望。

 真実は分からないけれど、「アメリカ人はこう捉えたいんだ。」ってことは分かった。それくらい深い問題であることも。
posted by ねこめ〜わく at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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